最愛の婚約者の邪魔にしかならないので、過去ごと捨てることにしました

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「お嬢様、侯爵家の使いの方が……」
「そう」

 ああ、やっぱりと言う思いを抱きながらも、努めて冷静に答えた。使者は大変申し訳ない──と言った顔ではなく「仕事を増やしやがって迷惑な婚約者だ」という眼差しで、手紙を侍女に渡す。不遜な態度にグッと堪える。いくら婚約者の家とはいえ、侯爵家と子爵家では身分が違う。

『親愛なるディアンナ。
 突然、ルナ様の容体が急変して部屋を出ることが難しくなってしまった。今日はエスコートできるのを楽しみにしていたのに、申し訳ない! 国王陛下には今回のこともお伝えしているから、子爵家の不手際があった訳じゃないとフォローが入るはずだ。本当にすまない。次こそは絶対に約束を守る。だから、どうか僕を嫌わないでほしい。愛しい人。どうか、あと少しだけ、ルナ様との時間を許してほしい。アルフレッド・エヴァーツ』

 ルナ様の容体が変わるなんていつものこと。弱々しく横になるルナ様の言うことを聞くのは、世話役のアルフレッド様だけ。
 王家主催のパーティーだろうと、()()の体調が良くなければ、神獣を優先する。まだ幼い白虎を面倒見ているアルフレッド様だって大変なのだ。私が文句を言うわけにもいかない。何せ相手は神獣なのだ。

 これで二股掛けられているとか、他のご令嬢と浮気なら怒れただろう。でも彼はこの国で彼しかできない特別な職務なのだ。誉高い仕事で、この国の聖女や聖人と同列な扱いを受ける。

 我が子爵家も建国以前より続く名家なため、爵位こそ低いが四大貴族の次に権力がある。もっとも母の死後、父が当主の座に就いてからはあまり業績が良くない。浪費が多すぎるのだ。
 それもこれも継母と義妹が来てからやりたい放題だったからだ。父も私が領地運営や事業の立ち上げで成果を上げるのを見て、丸投げ。功績は自分のものにして、失敗は全部私に押し付ける。
 それでも侯爵家の次男であるアルフレッド様が婿入りしてくだされば、少しは仕事が楽になると思っていたけれど、神獣の世話役な以上……難しいわよね。

 気が重い。
 楽しみにしていた王家のパーティーも、一人で乗る馬車も、アルフレッド様に見せたかった新しいドレスも無価値だわ。

「遅いぞ、何をしていた?」
「まあ、アルフレッド様がいないなんてつまらないわ」
「神獣のお世話役なのでしょう。お役目を果たしているのに、婚約者の貴女がみなを待たせているなんて……良い身分ですこと」
「すみません」

 時間通りに来たはずなのに、サロンで待っていた父と継母、義妹は会って早々文句ばかり。
 四大貴族と我が子爵家だけは、王家専用の通路からパーティー会場に入る。両親と義妹は苛立ちながらも、その特別通路にあるサロンで私を待っていた。いや正確には私が次期子爵家当主なため、私を無視できないのだ。実際お父様は代理当主で、婿入りしているため当主権限はない。この国では当主継承に伴い血縁のみと定められている。つまりお母様の娘である私しか当主を継げない。

 そのことが継母や義妹には腹立たしいのだろう。母が亡くなった後、父は落ち込む私をフォローしてくれていたが、いつの間にか継母たちの考えに染まってしまった。
 昔はもっと周りが見えていて、優しかったのに……。
 両親との思い出は色褪せて、もう懐かしむこともなかった。


 ***


 四大貴族の後に続いて、パーティー会場に入場する。洗練された厳かな演奏と拍手。それとは別に同情めいた皮肉の声が聞こえてきた。

『あら、またアルフレッド様はいらっしゃらないのね』
『神獣の容態が悪くなったのかしら。不安だわ』
『そうね』
『それにしても、私の婚約者が神獣様の世話役でなくて本当に良かったわ』
『まったくです。ああやって毎回デートや約束事、パーティーの同伴もしてくださらないのが婚約者だなんて嫌ですもの』
『それに比べたらアルドリッジ嬢は、素晴らしいですわね』
『ええ、これもひとえに愛の深さがなし得ているのでしょう』
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