最愛の婚約者の邪魔にしかならないので、過去ごと捨てることにしました
処刑当日。
鈍色に煌めくギロチンが落ちた瞬間、世界が静止した。
「お前は言い訳も逃げもしないのだな」
そう言って止まった世界で姿を見せたのは、懐かしい夕焼け色の長い髪、檸檬色の瞳を持つ青年だった。いや人ならざる者。
「……ディアンナを追い詰めたのは、守り切れなかったのは僕ですから。彼女のいない世界なら僕の心は死んだまま。それならいっそ──」
「あの子は生きているし、今は幸せだよ」
それを聞いて涙が止まらなかった。ディアンナが悲しい思いをしていないのなら、それでいい。僕のことを許さなくてもいいから、生きて笑っているのなら──。
「最期にそれが聞けて良かった」
「最期? 君はまだあの子との約束を果たしていないだろう。この先どうするかは君たちが話し合って決めると良い」
そう言って処刑台から一変して見知らぬ国に瞬間移動していた。そこで《最後の楽園》の存在を知り、準備を整えて辿り着いたのは、ディアンナが失踪して半年以上が経っていただろうか。
僕を覚えていなくても、遠目で見て幸せなら去ろう。そう決めていた。
そう行動しようと心に誓ったのに、彼女を見た瞬間、声を掛けてしまった。
ディアンナは僕を、いや全ての記憶を忘れていた。《最後の楽園》の住人になった者は、過去の記憶が一切なくなるというのは本当だったようだ。ただ強い思いがあれば、思い出すという。
僕を見てもディアンナは、思い出すことはなかった。嫌われて当然だ。僕はディアンナがずっとサインを出していたのに、気づかなくて……手を取ることができなかった。
欲が出たんだ。
もしかしたらやり直せるかもなんて、甘い考えで、謝罪して許されようと思った。
でも今を心から楽しそうに生きている彼女に過去の話をして、さらに苦しめるのでは?
なんて対面して気づくなんて、本当に僕は馬鹿だ。なんて話そう。どうすれば良いだろう。この都市に来る前にたくさん考えて、たくさん言葉や思いを書き綴ったのに、何も話せなかった。
ディアンナは過去に、強い拒絶と恐怖を持っていた。それだけ追いつめたのだ。なのに、過去の話をするなんて……。
冷静になった頃には、彼女の姿はなくて、お代も支払われた後だという。何も言わずに消えるべきか。いやもう一度だけ会って「過去の問題は全て解決した。誰も貴女を傷つけないし、追っ手や怖いことなんてないから、安心して暮らして欲しい」そう伝えよう。
今の人生に僕はいないほうがいい。
そうやって僕はまた失敗する。
彼女はまた記憶を消そうと、鐘のなる塔から身を投げた。
落ちる彼女を救いはできたが、心はまた救えなかった。僕がディアンナの傍にいるだけで苦しめてしまう。
そんなのは嫌だ。でも……もうディアンナのいない世界で生きていけない。それに彼女の母とも守ると約束したのだ。
「最初にあった三時間の間に君がもっとディアンナに声を掛けていれば、変わったかもしれない。……この子はずっと夜を、過去を、連れ戻されるのを怖がっていたからね」
「(今更だ。僕はいつだって……ディアンナが一番苦しい時に傍にいてあげられなかった)神様、僕に呪いを掛けてくれないだろうか。万が一、ディアンナが望んで僕のことを思い出したら人の姿に戻れる──みたいな。そんなことできないだろうか」
ベッドで眠る彼女の涙を拭いながら、僕は願った。これでは彼女の母親との約束が守れないと。
「いいよ。でもこの子が記憶を取り戻す可能性は限りなく低いし、君じゃない誰かを好きになるかもしれない。その場合は──」
「それでもディアンナの傍にいて守れるのなら、それがいい」
眠るディアンナの頬に触れた。
「愛している、ディアンナ」