最愛の婚約者の邪魔にしかならないので、過去ごと捨てることにしました
4.
真っ暗闇で皆が私を見ている。遠巻きに、見て、ヒソヒソと同情めいた言葉を掛ける。
『自分でなくてよかった』
『自分だったら耐えられない』
『でも、お茶もパーティーも、ご一緒してくださらないなんて……おかわいそう』
皮肉と嫌味。そして罪人に言うような心無い言葉。怖くて、暗くて、誰も助けてくれない。
誰からも愛されていないことは悲しくて、苦しくて、上手く息ができない。
もう嫌だ。消えて!
消えないなら私を消して!
『ディアンナ……そっちにいてはダメだ。こっちに……』
誰?
誰かに手を掴まれて、闇を抜ける。温かい。そういえば、昔誰かに手を引かれて助けて貰ったような?
気づけば明るい日差しの元にいた。
誰かと一緒にカフェでお茶をしていて、それがとっても愛おしくて、幸福なことだと分かっているのに、その人の顔が見えない。
話している内容はハッキリ覚えているのに、声や、その人のことがすぐに霧散してしまう。
「でぃあんな」
「ん?」
ふと目を覚ますと、羊妖精が私に引っ付いて眠っていた。この羊妖精だけは他と違って毛が黒くて、黒紫色の綺麗な目をしている。羽根は銀色で少し飛ぶのが苦手な子だ。
「おはよう、アル」
「おはよう、すき」
羊妖精は一日の大半は牧場で寝ているか、草を食べているかだったが、この子は私から離れないでずっと傍にいる。
それが続いて一年も経てば日常となった。名無しなのも可哀想なので、アルと名付けたら飛び上がるほど喜んだ。大袈裟だけれど、とっても可愛いし、一緒に居て落ち着く。
何よりアルが来てから、悪夢も変わっていったように思う。ただ怖いだけじゃない、不思議な夢。
「でぃあんな、すき」
「ふふ、私もアルが大好きよ」
「うれしい」
ギュッと抱きしめると、なぜだか泣きそうになる。それと同時に胸が温かくなった。モフモフは最高なのだけれど、それだけじゃない。
「今日も仕事が終わったら、お茶をしましょう」
「あまいもの」
「ええ、アルがいっぱい手伝ってくれるから、とっても助かるわ」
「でぃあんな。えがお、すき」
アルと一緒の暮らしは、私の世界をより鮮やかに彩ってくれた。一人暮らしも悪くなかったし、リジーとの仕事も楽しかった。でも、アンジェリカもリジーも外から来た人と共に元の国に戻ってしまったのだ。それ以外にも仲良くしていた子たちが軒並み記憶を取り戻して、《最後の楽園》を後にして行った。
記憶を取り戻した人たちは誰もが嬉しそうに見えた。リジーは体の傷を嘆いていたけれど、その傷は大切な人を守るために負ったものだと思い出したらしい。過去に救われることもあるのだ。
全部が全部そうではないけれど、そういうこともあるのだと知った。《最後の楽園》は楽しいことばかりで、穏やかで、生きやすい。それ以上を望むのは罰当たりなのだと思う。
「でぃあんな、かんがえごと? かなしい? つらい?」
「ううん。アルが居るから寂しくも悲しくもないわ」
アルがいるなら二人で生きるのも悪くない。アルなら私を一人ぼっちにしないって、なぜだかそう断言できる。なぜだかは分からないけれど。
それはそれで幸福なのだと思う。