最愛の婚約者の邪魔にしかならないので、過去ごと捨てることにしました
 耳に入ってくる声、声、声。
 一見同情しているように聞こえるが、その実は皮肉たっぷりで婚約者に大事にされていない『可哀そうな令嬢』と言いたいのだ。それはアルフレッド様が黒髪の爽やかな美男子かつ、侯爵家の次男だからというのもある。貴族学院では女子生徒にモテていて、文武両道かつ品行方正かつ紳士的。非の打ち所がないのだから、ご令嬢が夢中になるのも分かる。

 私とアルフレッド様との婚約は両親の交流が大きかったけれど、幼馴染としてずっと一緒にいてお互いに好き同士で結ばれたのだ。
 その関係が崩れたのは彼が貴族学院を卒業、騎士団に所属して間もなくして神獣が空からご光臨したことから始まったと思う。
 神獣が降り立った国は、厄災や病、魔物の脅威から守り、祝福に満ちて国を豊かにするという。もっともこの国は建国以来、厄災や病に縁遠く魔物の脅威も少ない。さらに加護が加算されればより良くなるだろうと、皆喜んだ。
 伝承通り、神獣であられる白虎ルナはこのデミアラ王国に加護を与え、アルフレッド様に懐いた。

 本来は王族がその世話役を買って出るのだが、アルフレッド様にしか懐かず、それ以外の者に対しては警戒心を募らせるという。婚約者である私も一度だけ神獣様の謁見を許可されたが酷く毛嫌いされて機嫌を損ねたことで、その一件以来私の立ち位置は、『神獣様の機嫌を害する令嬢』とあっという間に広まってしまったのだ。
 それはアルフレッド様を狙っていた、ご令嬢たちの狙いもあったのだろう。

 跡取りではない侯爵家の次男から、神獣の世話役と大出世したのだ。結婚したいと思うご令嬢も多かっただろうし、縁を繋ぎたいと思う貴族もいた。だからこそ噂はあることないこと広まって王家の耳にまで届くほどだったとか。

 すぐさまアルドリッジ子爵家の立場が悪くなりかけた。それをなんとかしようとしてくれたのが、アルフレッド様と国王陛下だ。「白虎ルナ様はまだ幼く、甘えたいため我が儘に振る舞うところが多い」と国王陛下に進言し、噂の払拭に手を貸してくださった。さらにアルフレッド様は私を愛していると宣言。
 神獣の白虎ルナ様にも「自分の婚約者を傷つけるのは許さないとハッキリ告げた」と言う。アルフレッド様の好感度はさらに上がって、私は同情的な目で見られる程度で済んだ。
 そういった経緯があるため、神獣様に何かあると飛んで戻る彼を引き留めることなど出来るはずもなく、仄暗い感情ばかりが蓄積される。

 国王陛下への挨拶もつつがなく終了し、神獣のことで寂しい思いをさせて申し訳ないと労いの言葉を掛けて頂いた。
 五十代前半の灰色の髪に、威厳のあるご尊顔はいつ対峙しても緊張してしまう。

「恐れ多いことでございます」
「ふむ。しかし良からぬ噂が未だに絶えないというのは、問題だ。先代、先々代から『子爵家当主には返しきれぬ恩がある』とよく聞かされていた。だからこそ今回の騒動は初動が遅くなってしまって申し訳なく思っている。その対策として来月付けで階級を一つ上げた上で、ディアンナ嬢に伯爵位を贈ろうと思う」
「「!?」」
「陛下っ、それは……まだディアンナには荷が重いかと」

 父と継母と義妹が途端に慌て出す。それを見て国王陛下は小さく溜息を漏らした。

「報告では今や全ての事業及び領地経営はディアンナ嬢がまかなっているそうではないか。であれば彼女を正式な当主に据えることに何の問題がある? それに彼女の──アルドリッジ家は元々侯爵家と同等の爵位を与えるつもりだったが、当時の当主が権力を持つことを嫌い、爵位の返上を申してきた。現状の噂を払拭するためにも彼女の名誉回復は必須である」
「しかしっ……。なぜそこまでディアンナに目を掛けるのでしょう。ディアンナは……確かに妻の血を色濃く受け継いで優秀ですが、国王が一貴族に肩入れするのは……」

 四大貴族の次とは言え、確かに我が家を王家は何かと気に掛けてくださっていた。でも私は母からその理由を聞いていない。国王陛下はその答えを持っているのかしら?

「国王陛下、我がアルドリッジ家には何かあるのでしょうか?」
「ふむ。王家に代々伝わる古文書が数年前の大火災によって燃えてしまったため、余も詳細は不明だが、四大貴族よりもアルドリッジ家の血筋を絶やすこと、貶めること、この地を離れるような蛮行を禁じると書かれていた。それも何代にも渡って王家を守護し、よき道に導いたともある。歴史による積み重なる恩をアルドリッジ家から受けているのだろう。なんとなくだが余も先代アルドリッジ当主、そしてディアンナ嬢を見ていると神々の加護を強く持っておられるのだと分かる。祝福を持ち、能力を持つ者を厚く遇するのはこの国の未来のためでもある」
「(噂が流れる中でアルフレッド様と陛下だけは味方でいてくださった。この方が国王で本当に良かった)陛下、身に余るお言葉、大変有難く存じます」

 陛下の言葉に感動し、胸が温かくなる。けれどこの時、悪意と殺意が注がれていることに気付けなかった。
 後日、国王陛下が病に倒れたと知らせが入り、来月の当主拝命の儀が中止となる。全てが上手く行きかけていたのに、まるで見えざる手が私の足下を崩そうと暴れ出したかのようだった。

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