最愛の婚約者の邪魔にしかならないので、過去ごと捨てることにしました

 ***


「ディアンナ、ごめん。本当に!」

 従者からの話を聞いて真っ青になる婚約者に、私は笑みを維持して微笑んだ。

「……しょうがないですわ。アルフレッド様は神獣様に選ばれた世話役。あの方の機嫌を損ねてはいけないのでしょう? 行って差し上げて」
「ごめん、愛しているよ」

 そう言ってテーブルに着いた数分で、彼はカフェを去って行く。私の額にキスをしたのは、謝罪の表れなのだろう。それが悲しい。
 私の噂は払拭されたが、腫れ物に扱うように距離を置かれている。国王陛下が病に倒れたことで、微妙な立場にいるからだ。
 政務など諸々の仕事は王太子バナード殿下が引き継いでいる。様々な仕事に支障が来しているため、私の爵位や当主となるのも一時中止となっていた。

 国王陛下が私を当主にすると宣言してから、父は腫れ物を扱うような態度で、継母や義妹、使用人たちは、ぞんざいな態度をする者も増えた。貴族学院でも仲の良かった友人は、「神獣様の機嫌を損ねる令嬢」と仲良くすると良くないと思ったのか、離れていった。
 楽しかった学院生活が灰色に様変わりしたけれど、卒業まで一年を切っていたことが救いだと思う。卒業後、本来であればアルフレッド様が婿入りするのだが、この話は宙に浮いたままだ。今日はその話もしたかったのだけれど、数分で帰ってしまうなんて……。

 澄ました顔で、運ばれてきた生チョコタルトを口に運ぶ。甘さ控えめで美味しいと評判のカフェに行きたいと言い出したのは、アルフレッド様だ。彼は甘い物が好きなのだけれど、男が甘い物なんて──と昔言われたことを気にして、甘い物が食べたい時は私に声をかけてくる。神獣様が来る前は頻繁にカフェ巡りをして、お互いにお気に入りのカフェのチェックや季節限定を食べに言ったものだ。
 美味しいけれど、やっぱり一人で食べるスイーツは何だか味気なかった。


 ***


「え、お父様今なんて……?」
「だから、お前とアルフレッド・エヴァーツ令息との婚約を白紙に戻した、と言っている」

 デートをすっぽかされて数日後。
 アルフレッド様に生チョコタルトを贈ろうと出かけようとした矢先、父に呼び出されて執務室に訪れた。
 珍しく父と継母のオードリー夫人も一緒で、上機嫌だ。五年前に父と再婚してからオードリー夫人は、連れ子のベティーと一緒に嫌がらせをして来たので、父に言って極力会わないように頼んでいた──はずだった。

「アルフレッド令息は、今や神獣の世話役と名誉ある役職に就いておられる。そんな彼を支えるのに、お前では不適切だと意見が出たことで、本日をもって婚約を白紙にした。なお、彼の新しい婚約者はベティーにする」
「なっ──」

 婚約破棄、いや婚約解消だろうか。
 その言葉を理解するのに数十秒掛かった。
 どうして。そう思う反面、ついに来たと思う自分もいた。今までアルフレッド様が庇ってくれていたけれど、庇いきれなくなったのだろう。
 笑うアルフレッド様が大好き。私が少し我慢すれば良い、そう思っていたのは甘かったのね。それともアルフレッド様が愛想を尽かした?
 神獣様が駄々をこねるのは、私と会うときだけらしい。それ以外の公務の時は聞き分けがいいとか。アルフレッド様自身が婚約解消を望んだのか、そのことに気を取られていてもっと酷いことを言われたことに気付く。

 ベティーが、アルフレッド様の新しい婚約者?
 なんの冗談だろう。アルドリッジ子爵家は亡き母方の家で、父は婿入りしただけだ。ベティーには家督を継ぐ条件が認められていない。
 デミアラ王国の家督権限は特殊で血の繋がりの無い者が相続はできないのだ。それを王家が覆したのだろうか。

「ベティーに家督を譲ると言うことですか? 領地運営や事業はどうするのですか? それに王家がそれを許したと?」

 婚約解消に衝撃を受けつつも、現実問題としてベティーに教養がないことを指摘すると、オードリー夫人は発狂した。

「まあ、私の可愛い、可愛い娘では無理だとおっしゃいたいの!?」
「貴族学院に入学できず、経営学を学んでいないのであれば不安なのは否めないでしょう。もちろんそういった学びの場がなくても独学で成功した者はいますが……ベティーの場合はそれ以前の問題で──」
「黙りなさい!」
「オードリー、君も落ち着いて。その辺りは私もしっかり考えている。結婚するのはベティーだが、領地運営や事業は今まで通りディアンナにさせれば良い」
「まあ、名案だわ」
「お父様!? 家督を継ぐ者が行う責務だけをベティーから取り除いても、決定権は家督を継いだ者になりますわ。その様なことをすれば」
「黙れ! 元はと言えばお前が神獣様に毛嫌いされ、拒絶されたのが原因だぞ! お前のせいで一族に瑕疵が付いた。それをどうとも思っていないのか!?」
「それは……」
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