最愛の婚約者の邪魔にしかならないので、過去ごと捨てることにしました

 神獣様に嫌われている。この国でその事実が何よりも重い罪だと言い出す。私だけが神獣様に嫌われている──けれどそれは私自身では、どうにもできないことだわ。
 神獣様の世話役の妻が、神獣様に嫌われている、など外聞も悪いのだろう。政治的に見ればいらぬ火種を残さないようにするのは理解出来る。でも納得できるかは別だ。

 ただ悲しかった。
 誰からも祝福されない結婚。
 私は影のように生きて、愛しい人が義妹と幸せそうに笑うのを一番近くで見続けろという。それが私の罰だと言うような視線に、言葉に、態度に、心の何かが音を立てて砕けた。


 ***


 予定通り生チョコタルトを買って、王城に向かった。今までは三十分から一時間は面会を許されたが、今では五分と制限されている。
 王城ですれ違う度に、罪人のような目を向けられ陰口を叩かれてきた。それでもアルフレッド様が好きだったから、耐えられたし、いつか周りも認めてくれると思っていた──本当に甘かったのだわ。

 面会室は狭い空き部屋だった。
 以前は客間に通して貰えたが、今の私の立場は罪人と変わらない扱いなのね。そう思うと泣きそうになる。ほどなくしてアルフレッド様が慌てて駆けつけてくれた。

「ディアンナ! ごめん、やっとルナ様が眠ったところでね」
「アルフレッド様」

 彼だけはいつものように私に笑みを向けてくれた。「少し痩せた?」と心配してくれる声も態度も以前のまま。思わず胸が熱くなって、視界が歪みかけたがグッと耐えた。
 彼の顔を見て話したかったけれど、怖くて俯きながらも要件を口にする。違うと、両親が決めたことだと言って欲しい。それだけで口走った。

「アルフレッド様は……私と婚約解消をして……ベティーと婚約を結ぶのを承諾……したのです……か?」

 心臓の音がバクバクしていた。
 違う、そんなのは聞いていない。そう言ってくれと思っていた──でも。

「ああ、承諾したよ」
「え」
「現状ではこれが最適解だと思ってね。国王陛下とも話をして、王太子殿下から──、ディアンナを──ために、どうしても必要な処置なんだ。でも──だから、──をして────。ディアンナには無理をさせて──」

 それからはアルフレッド様が何か真剣に話していたけれど、耳に入ってこなかった。すべての情報を遮断して、心を閉ざさなければ完全に壊れてしまうから。

「ディアンナ、どうか待っていて欲しい」

 待つ?
 なにを?
 黒くて絹のほうに滑らかな髪、深紫色の瞳、幼い頃から私の手を引いて、傍にいてくれた幼馴染。いつも一緒に居るのが当たり前で、はにかんだ笑顔が大好きだった。
 剣の稽古や本を読むよりも、菓子作りや刺繍が得意なのを知っている。恰好が悪いからと私の前でしかしないのも、辛いものが苦手で、お酒も弱い。
 剣の稽古はいつも憂鬱そうで、文官になりたかったけれど、天性の剣の才能があったせいで騎士団に配属された日に凹んでいたのを知っている。甘え上手で無茶をするところも、凹んで落ち込みやすい性格なのも全部ひっくるめて好きだ。好きだった。
 今までずっと頑張っていたわ、でも()()()()()()()()()()()()()
 婚約破棄されれば、今以上に罵倒の嵐が待っている。全部を奪われて、それでもなんとかするから、と待たされるの?
 いつまで?
 大切な人の隣に私以外の人が並ぶのを見続けろと?

「だからどうあっても、婚約解消をしたい、と」
「うん。……ごめんね、ディアンナ」
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