最愛の婚約者の邪魔にしかならないので、過去ごと捨てることにしました
 ***

 
 気付けば雨の中、王城を出て街中を歩いていた。傘を差さずにずぶ濡れになりながら歩き続ける。家に戻ろうとしながらも、私の足は反対方向に向かっていた。
 遠巻きに誰かが見ていたが、声をかけることはない。
 奇異な目で見られていても構わない。私にはなにもないのだから。
 誰も私の味方にはなってくれない。
 帰る場所もない。
 よりどころも失ってしまった。

「このまま誰も知らない所に……行きたい」
「じゃあ、私が連れて行って上げよう」
「──っ」

 唐突に声をかけられ、振り返ると私と同じ夕日色の長い髪と、檸檬色の瞳の青年が立っていた。真っ白な衣──聖職者姿で彼は私に手を差し出した。
 私と同じ髪と瞳。親戚?
 ううん、母方の親戚はみんな亡くなって……。

「神々が残した《最後の楽園》、君を連れて行こう」
「え、あ」

 よく見れば彼は雨を弾き、濡れていなかった。不思議な現象なのだと思いつつも、この人は神獣様とは違った上位の何かなのだろう。
 他の人には見えていないのか、誰も気にしていないのだ。

「《最後の楽園》ってのは、世界の最果ての都市でね。修道院もある。そこでは過去の辛かったこと、しがらみも、縁も全て神々が切る特別な処だ。その場所では忘れたい思いも捨てて新しい生活ができるある意味、救済の地だよ。君のような子を守るための砦。ここに居ても君が壊れていくぐらいなら、案内するけれどどうする?」
「どうして……優しくしてくれるのですか? 私は……神獣様に嫌われた令嬢なのに……」

 その人は朗らかに、慈しむような目で私を見返す。

「君が私の血を受け継いだ最後の子孫だからだよ」
「始祖様?」

 久し振りに私を抱きしめてくれたその人は、柑橘系の懐かしい香りがした。温かくて優しいぬくもりはいつ以来だろう。母が亡くなって、父から抱きしめられることはなくなった。
 アルフレッド様に抱きしめられたのは、いつだっただろう。

 大切だった思い出が重すぎて、潰れそうだ。大事だったからこそ心が離れていくのが悲しくて、苦しくて、息が上手くできないほど絶望した。
 こんな苦しい思いをして、耐え続けることなど無理。限界なんてとっくに超えてしまっていたのだから。

「……連れて行って……私を馬鹿にしない、同情しない場所に」
「うん。君が泣かなくて良い場所だよ」

 そうやってようやく私は涙を流せた。
 最後に「私のためと思うのなら、全てを忘れて生きるので、アルフレッド様も忘れて幸せになってください」とだけ走り書きを彼に届くよう手紙を屋敷に送り、私は《最後の楽園》へと向かった。
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