神殺しのクロノスタシス2
天音…天音、か。

そんな名前の魔導師に、覚えはないが。

俺じゃなくて…「前の俺」だったなら、何かを知っていたかもしれない。

俺は、前の俺より長くシルナと一緒にいる訳じゃないからな。

しかし。

「…天音君…か。聞いたことがない名前だけど…」

どうやら、シルナも初対面らしい。

「私は君を知らないけど、でも君は、私を知ってるんだね?」

「…イーニシュフェルトの聖賢者、と」

まぁシルナの名前は有名だからな。

少しでも魔導理論を齧ってる者なら、誰でも知ってる。

だが、大抵の人が知っているのは、「イーニシュフェルト魔導学院の学院長」としてのシルナ・エインリーだ。

敢えて「イーニシュフェルトの聖賢者」という、もう一つの二つ名でシルナを呼ぶとは。

こいつ、本当に…何者なんだ。

「いかにも、私がイーニシュフェルトの聖賢者…。シルナ・エインリー本人だよ」

「…」

「私に何か用かな?」

…あなたの命が欲しい、とか。

言われたらどうするつもりなんだ。

その時に備えて、俺とイレースは、こっそり杖に手を伸ばした。

しかし。

「…」

天音という魔導師は、両手をベッドに着いた。

何をするのかと、咄嗟に警戒したが。

何のことはない。

彼は、何とかして自分の身体を起こそうとしているのだ。

「うっ…く…」

しかし、魔力の尽きた身では、それすらも苦しいらしく、苦悶の呻きを漏らした。

「無理しないで。まだ起き上がっちゃ駄目だよ」

シルナは、慌てて天音を止めた。

「君、死んでてもおかしくなかったんだよ」

そして、ハッキリとそう告げた。

そうだ。それくらい酷い魔力の消耗だった。

こんな弱った相手に、何が出来る…。

途端に彼が憐れに思えて、俺は杖を収めた。

「それも…全部、あいつの…」

天音は、苦しげにそう漏らした。

…あいつ…?

「君に、悪意がないことは分かった」

シルナは、再度ベッドに天音を横たわらせながら、そう言った。

「話は、魔力がもう少し回復してからにしよう。君のことは誰にも言わない。聖魔騎士団にも黙ってるから」

つまり、学院で匿う、と。

「でも…僕は…」

「良いから。まずは身体を治さないと」

「…」

天音は、何も言わなかった。

と言うか、言えなかったのだ。

これ以上言葉を発することさえ、今の彼には出来なかった。

やがて、天音は精根尽き果てたのか、濁った目を閉じた。
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