神殺しのクロノスタシス2
…思い出す。

あの村で過ごした、のどかで平和な日々のことを。

「どうです、天音殿。我が娘ながら、なかなかの器量良しでしょう」

「え、えぇ…。そうですね」

「何を言う。お宅の娘は、まだ13の子供じゃないか。それよりうちの娘の方が良い。料理も裁縫の腕も、なかなかのものですよ」

「ふん、若い方が良いに決まっとるわ。これからもっと美人に育つんだからな」

「それよりうちのはどうですかな。歳は16。そろそろ良い嫁ぎ先を探しておりましてな」

「馬鹿を言うな。お前のところの娘は大柄で、娘らしさの欠片もないじゃないか」

「お前こそ馬鹿を言うな。うちの娘は、お宅らの『お淑やか』な娘と違って、重い竹も軽々運ぶわ、鍬を持って田起こしもお手の物。こういう娘の方が、丈夫な子供を産むもんだ」

「何をぅ…」

村長達は、手製の杯に地酒を並々と注いで、大声で笑い合っていた。

彼らは、ここ一帯の近隣の村々の村長達だ。

その村長達が、焚き火を囲みながら、酒を飲んで歓談している。

今まで、色んな村を見てきたが。

こんな光景を見られるのは、かなり珍しい。

大抵、他の村というだけで、いがみ合ったり、余所者扱いしたりするものだから。

それなのに、ここの人々は、こうして互いの村を訪ねては、食事や飲み物を振る舞い、もてなし、楽しく歓談する。

村長達だけではない。

村人達も、互いの村を訪ねては、一緒に食事をしたり、お互いの子供達を遊ばせたり。

誰が訪ねてきても、快く迎え、もてなしをするのは当たり前。

しばらくここに滞在して、気づいたことだが。

ここの人々は、皆気性が穏やかで、連帯感が強いのだ。

隣の村が飢饉で困っていれば、自分達の蓄えを分けてやる。

自分の息子が、よその村の娘と結婚したいと言っても、何の問題にもならない。

大抵の部族が、自分と同じ部族の娘としか結婚させないと言うものなのだが。

…で、そのお陰で。

こんなことが起きている。

「ともかく、決めるのは天音殿だ。さぁ、天音殿。そろそろ決めてくれませんかな」

「え、えっと…」

村長達は、じっと僕の顔を覗き込んだ。

さっきから、自分の娘自慢をしている村長達だが。

これは全部、僕の嫁を決める為の会議みたいなものなのだ。

僕は、ここら一帯の村々の治療を行ってきた。

村長達は、僕の才能に驚き、感嘆し、そして、それぞれが自分の村にいて欲しいと言い張った。

自分の娘を嫁にやるから、と。

いやいや、娘さん達は嫌がるでしょうと断ったのだが。

これが、娘さん達も満更ではないらしく。

そんな素晴らしい能力を持った男性の妻になれるなんて、と大喜び。

「天音様、お酒のおかわりをどうぞ」

「天音様、羊の串焼きは如何ですか?」

「天音様、寒くはありませんか?上着を持ってきましょうか」

「あ、ありがとう…」

村長の娘達は、それぞれ思い思いの余所行きのドレスで着飾り。

綺麗に髪を結い上げ、ビーズの髪飾りをつけ。

僕の周りを取り囲んで、ぴったりくっついて離れない。

何なんだ、このハーレム状態。

村長の娘だけではなく、村を歩くだけで、年頃の娘達の熱い視線を感じる始末。

あわよくば、という思いがあるのだろうか。

気持ちは分かるのだが。

いや、僕は流浪の旅人であって、所帯を持つつもりは…と、はっきり伝えたことはある。

しかし。

それでも良い。旅に行くなら私も、と言い張られ。

特に、僕が命を救った村長の一人娘なんて。

「あなたのお陰で今の私の命があるのだから、この命をあなたの為に捧げるのも惜しくはない」と言い切った。

父親である村長も、止めてくれれば良いものを。

感動の眼差しでうんうん頷いているのだから、最早どうしたら良いのか…。
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