神殺しのクロノスタシス2
運命の、その日。

僕は、朝からとある患者を治療していました。

患者は、まだ三歳の少年でした。

少年は、母親が一瞬目を離した隙に、家の裏手の藪に入り。

そこで、蛇に噛まれたと言うのです。

毒蛇でした。

この辺りでは、死の蛇だと言われるほど強い毒を持っており。

噛まれた者は、例えどれだけ屈強な若者でも、24時間以内に死んでしまうのだそうです。

母親は、泣きながら少年を抱き抱え、隣の村から走って、僕のところにやって来ました。

どうか、息子を助けてくれ、と。

僕は、早速治療に当たりました。

しかし、それは簡単なものではありませんでした。

少年の足には、蛇の毒牙が食い込んで、パンパンに膨れ上がっていました。

まだ幼い身体なのに、噛み傷の部分だけ、大人の太股のようになっていたのです。

あまりの悲惨な光景に、周りにいた村人は泣き出しました。

少年の呻き声は酷く苦しそうで、今にも事切れてしまいそうでした。

僕は、必死に魔法をかけました。

シルナ・エインリーさん、あなたならお分かりでしょう。

回復魔法の中でも、裂傷や骨折を治すのは、比較的簡単です。

しかし、病や毒など、身体の内側の疾患を治すのは、それなりの知識と経験が必要です。

まずは、患者の身体を侵している病原体を見つけなくてはなりません。

病原体さえ分かれば、何とかなるのですが。

その毒蛇は、この土地特有の生き物で、僕はこの毒に侵された患者を、今までに見たことがありませんでした。

僕は、痛み止めや熱冷ましなどの対症療法を行いながら、必死に彼の身体を調べました。

全て、魔法を使って、です。

回復魔法に精通していた僕にとっても、大変な作業でした。

おまけに、少年はまだ幼く、体力がありません。

体力の少ない子供は、魔法の威力を調節しないと、強過ぎる魔法に身体が朽ちてしまうこともあるのです。

くれぐれも、慎重に魔法をかける必要がありました。

それに少年は、隣の村から走ってやってきたこともあり、毒が身体に入ってから、時間もたっていました。

いつ毒が脳や内臓に回り、死んでしまってもおかしくない。

僕はそれを阻止しようと、必死でした。

村の誰もが、固唾を飲んで僕達を見つめていました。

少年の母親は、地面に座り込み、両手を合わせて、ひたすら祈っていました。

最早、祈るしかなかったのです。

少年が助かるには、もう神の運命にすがるより他になかった。

僕は一昼夜かけて、少年に魔法をかけ続けました。

少年の僅かな体力が尽きないよう、繊細な魔法を、延々と。

かく言う僕の消耗も、かなりのものでした。

魔力はふんだんにあるのですが、それ以上に精神力と集中力の消耗が激しく、疲れを感じ始めていました。

ですが、僕は諦めたくなかった。

村人の何人かは、「もう良い」と言いました。

少年の母親でさえ、泣きながら言いました。

「無理をしないでください。例え助からなくても、それがきっとこの子の運命なんです」と。

でも、僕は諦めませんでした。

死ぬ運命なんて。

そんなもの、誰が決めようと、僕は許さない。

絶対に助ける。

絶対に、僕の目の前で命が失われるようなことは、あってはならない。

そして。

その願いと、努力が報われたのでしょうか。

魔法をかけ始めてから、およそ三日間たった頃。

少年は、命の危機を脱しました。
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