神殺しのクロノスタシス2
部屋の中は、僕の知っているイーニシュフェルト魔導学院学生寮のそれと、何ら変わりはなかった。

備え付けのベッドも、デスクも本棚も、記憶にあるものと変わらない。

さすがに、鉛筆とか消しゴムとか、個人的な私物は違うけど。

「…ナジュ・アンブローシアの机は?」

「こちらです」

イレースさんは、二つある内の一つを指差した。

勉強机の上には、テキストやノートの類が置きっぱなしになっていた。

「片付けてないんですか?」

「はい。彼が学院を出たときのまま、誰も触っていません」

「そうですか」

有り難い。

その方が、『痕跡』を見つけやすいからだ。

僕は、残されたノートを手に取った。

中を開いてみると、意外にも、ちゃんと真面目に板書を写してあった。

…いつ他人に見られても良いように、「学生生活」を徹底していたらしいな。

随分用心深い。

さすが、あの学院長の目を欺いただけのことはある。

それに。

「…どうだ?何か見つけられたか?」

「いえ…なかなか厳しいです」

どうやら、自分の正体がバレたときの為に、普段から対策していたらしい。

僕の探索魔法は、探す対象の『痕跡』…つまりは、残留思念のようなものを手がかりに、持ち主の居所を探る。

例えどんなに小さく、細い糸でも。

その糸を探った先に、探し物はある。

これが一般人であれば、残留思念が多く残っているので、辿るのはそう難しくない。

だが。

今回のターゲット、『殺戮の堕天使』は…。

…わざと、自分の残留思念を消している。

自分の正体がバレたときの為に、その都度残留思念を消したのだろう。

聖魔騎士団に、僕が…探索魔法の専門家がいることを、聞き付けていたのかもしれない。

なんという用意周到さだ。

ノートやテキストは勿論、鉛筆の一本、消しゴムのカスに至るまで、全て。

自分の身体に触れたもの全てに。

徹底して、『痕跡』を残さないよう対策している。

…敵ながら、見上げたものだ。

「自分が消えた後、探索魔法で捜索されることを想定していたようです」

今回のターゲットは、相当に厄介だ。
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