神殺しのクロノスタシス2
この空間は、間違いなくヴァルシーナが勝手に作った、偽物の世界。

僕に幻を見せて、身体じゃなくて、心の方を壊そうとしている。

正しい判断だ。

どうせ身体を攻撃しても、痛いだけで、すぐ再生してしまうのだから。

でも、心の方はそうはいかない。

一度壊れてしまった心は、完全には戻らない。

かつての僕が、そうであったように。

だから、相手にしてはいけない。

こいつらを、まともに相手してはいけないのだ。

それなのに。

「…どうして…?どうして私を殺してくれないの…」

「はぁ…はぁ…」

僕は刃を振るって、偽者のリリスの首を跳ねる。

これで、もう何体目だ。

僕に斬られたリリスの首が、白い床一面に転がっていた。

ひー、ふー、みー…あぁ駄目だ。数えるな。

多分もう、100人は斬ってる。

それでも、相手は幻覚なのだ。

僕がいくら倒しても、向こうはいくらでも量産出来る。

素晴らしい工場ラインだ。

それに、リリスだけではない。

「お前が生きているせいで…」

「お前の身勝手な願いのせいで…」

「お前達が、私達を殺したんだ…」

殺しても殺しても、無限に現れるモブ共。

上手いこと連携取って、心の傷を抉ろうとするんじゃない。

しかも。

「辛いんだよ、ナジュ君…。私、本当に辛いの」

気づいたら、何百体目のリリスが、涙を流している。

やめてくれ。

「私、一人になりたくなかった。だから君に全部押し付けて…。私が背負うはずの罪を、君に背負わせて…」

…やめてくれ。

「お願いだよ、一緒に死んで。死ねないのが、辛いの。ずっと死にたかったの。でも一人で死ぬのも辛くて」

やめてくれ。やめてくれ。

その顔で。

「でも君と一緒なら、怖くないの。お願い、一緒に死んでよ、ナジュ君」

あのときみたいな、その泣き顔で。

「一緒に死んで、楽になろう?私達の罪は、きっともう許されてるんだよ」

僕に、そんなことを言うのをやめてくれ。

「…うっかり」

僕は、何百体目のリリスの首を跳ねた。

信じたく…なってしまうじゃないか。

楽に…なりたくなっちゃうじゃないか。

僕は弱い人間だから。

不死身だとか言って、強がってる振りをして。

本当は誰より傷つきやすくて、だからリリスがいなくなって、心が壊れちゃって。

大勢の人間を殺めて、その孤独から逃げようとして。

そして今。

一緒に頑張ろう、一緒に生きようって、本物のリリスと約束したのに。

こんな偽者のリリスに、泣きながら懇願されたら。

思わず、もう本当に死んじゃった方が楽なんじゃないかなって、思ってしまうくらいに。

僕は弱い人間だから。

「…リリス…」

「ナジュ君、私と…私と一緒にいようよ」

偽者のリリスが、僕に手を伸ばした。

その手を取れば。

僕はきっと、楽になれる。

背負っていた重いもの、全部降ろして。

ねぇ、学院長。

僕、頑張りましたよね?

一生懸命生きて、死物狂いで生きて、生きて。

だからもう、許してくれませんか。

「良いんだよ、ナジュ君。良いんだ」

「…リリス…」

僕は、両手を広げて受け止めようとしてくれるリリスに。

手を、伸ばした。





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