神殺しのクロノスタシス2
不味い、と思ったときには。

二十音が、ヴァルシーナに肉薄していた。

魔導師なのに、二十音はヴァルシーナの腹部めがけて、思いっきり蹴りを入れた。

「ぐはぁっ!!」

ヴァルシーナは、口から内臓を吐き出さんばかりの声をあげた。

アトラス君ならいざ知らず、貧弱な魔導師の飛び蹴りなんて、大して痛くもないだろうと思ったかもしれないが。

ただの蹴りではない。

二十音は、自分の足に魔力をたっぷりとまとわせているのだ。

これじゃあ、横から鉄球食らわされるのと同じだ。

「がっ…は…ぐ…」

二十音の渾身の蹴りを、まともに食らってしまったヴァルシーナは。

内臓を吐き出す勢いで、血反吐を吐いた。

たった一発の蹴りで、致命傷を負った。

一度は耐えられても、二度はない。

「…しーちゃん、の、敵」

不味い。

目を覚ましたとき、二十音は私がヴァルシーナに襲われているのを見て、即座にヴァルシーナを敵と認識したのだ。

どうして戦っているのか、この戦いに何の意味があるのかなんて、考える二十音ではない。

二十音の中にあるのは、「大好きなしーちゃん」を傷つける者は、どんな理由があれど殺す。

ただ、純然たる殺意。

それだけなのだ。

ちょっと待って二十音、確かにヴァルシーナは敵だけど、でも私一人でも充分対応出来るから、手助けは必要ないから、と。

言おうとする間もなく、二十音は、蹲って血反吐を吐くヴァルシーナの髪の毛を掴み、持ち上げた。

「…しーちゃんの、敵」

二十音の目に、殺気が宿った。

片方の手でヴァルシーナを掴み、もう片方の手に、魔力を込めた。

今度は、蹴りではなくパンチを食らわせてやろうってことか。

ヴァルシーナは、もう満身創痍で、杖さえ握れなかった。

これじゃ、一方的な殺戮だ。

二十音の次の一撃を受ければ、ヴァルシーナの命はない。

だから。

「…二十音。やめなさい」

私は、ヴァルシーナの髪の毛を掴んでいる方の肩に手を置き。

二十音にただ一言、そう指示した。

「敵。しーちゃんの敵」

「敵だけど、もう敵じゃない。だからやめなさい。その子は敵じゃない」

「…」

すると。

今にも爆発しそうになっていた二十音の殺気が、一瞬にして霧散した。

敵じゃないなら用はなし、とばかりにヴァルシーナを床に落とし。

とてて、と私のもとに駆けてきた。

「しーちゃん」

「よしよし、良い子だね、二十音」

頭を撫でてあげると、二十音は嬉しそうに抱きついてきた。

あぁ、良かった。

この子がこうして、私の腕の中にいることが、堪らなく嬉しい。

幸せだ、と感じることが出来る。

例え、それが故郷に対する裏切りなのだとしても。
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