神殺しのクロノスタシス2
僕は、何をしていたんだろう。

何で、ここにいるんだろう。

3歳で親に売られて、縄で縛られて商品にされて。

自分の名前よりも先に、人の肉を裂く音を覚え。

字を書くよりも先に、人の血の匂いを覚え。

自分が何をしているのか、分からないまま。

人の、他人の、頭領の思うままに利用されて。

この命に。

僕の人生に。

一体何の意味が、価値があるのだろう。

何もある訳ないじゃないか。

頭領様の言う通り。

ちり紙一枚ほどの価値もない癖に。

誰のお陰で、ここまで生きてこられたと思っているんだ。

他の誰が、こんな僕を必要としてくれると思ってるんだ。

僕に心なんてない。そんなの必要ない。

だって。

心なんて、そんな邪魔なものがあったらさ。

僕は本当に、ただの人殺し、

「君は何の為に生まれてきたの?人を殺す為?他人の道具になる為?」

「…僕は」

「違うよ。君は君の人生を自分で決め、選択し、君が大切に思う何かの為に、自分の力を使う。その為に生まれてきたんだ。君自身が、幸せになる為に」

…幸せ?

幸せって何?

そんなの、僕は教わってない。

「君は人に必要とされてる。でも必要なのは君の力じゃない。令月君、君自身が必要なんだ」

「僕自身…が」

「そうだよ。他に替えなんて効かない。暗殺の為の道具じゃない、黒月令月その人が必要なんだ」

本当に?

本当にそうなの?

親でさえ、実の親でさえ僕を捨てたのに?

そんな僕が、何で必要なの?

「惑わされるな、戯け者。綺麗事ばかり言って、結局必要としているのはお前の力だけだ。この男は、貴様の力が惜しいだけだ」

頭領の言葉が、ぐさりと突き刺さった。

そうだよ。

僕は結局、このろくでもない才能が、このろくでもない才能だけが必要で、それ以外僕に価値なんてない。

…本当に?

そんなのって、悲し過ぎるよ。

僕、何の為に生まれてきたの?

「…難しいよな、生きる意味、生まれてきた意味を考えるのって」

羽久さんが、僕に囁いた。

今は、その言葉が届いていた。

「俺も考えたよ。本当の人格は俺じゃないのに、何でこの身体に俺が生まれたんだろうって、何の意味もないんじゃないかって、凄く悩んで、考えた」

「…」

「俺でも分からないことを、まだ子供のお前に、何で答えが出せようか。たった10年と少ししか生きてないのに」

「…分かったの?」

「…」

「答え、分かった?」

それを探す為に生まれてきたの?

幸せになる為に生まれてきたの?

そんな在り来たりな理由で、自分を納得させるしかないの?

「分かったよ」

「何?」

「お前は贅沢と言うか…ズルい奴だな。俺が何千年と考えて、ようやく得た答えを、たった数分で教えてもらおうなんて」

ごめんなさい。

僕、卑怯な人間だ。

「でも教えてやる。仲間だからな」

「仲間…」

「そう、仲間。俺は、羽久・グラスフィアは、仲間を守る為に生まれてきたんだ。自分の大切な仲間を、その仲間の幸せを守る為に生まれてきたんだ」

…。

…何だ、それ。

「…在り来たりな理由だね」

「在り来たりで悪かったな」

「それ以外、思い付かなかったの」

「それ以外思い付かなかった。それだけで、俺が生きてる意味なんて充分だから」

「…」

…そんな風に、僕も思えるのだろうか。

いつか、思える日が来るのだろうか?

「…令月君。君の心は、何て言ってる?」

学院長が、僕に尋ねた。

僕の、心。

「…分からないよ」

分からないって言ってる。

僕の心の場所も分からない。

自分がどうしたいのかなんて、何で自分で決められるの。

そんなの、他人に決めてもらった方が、ずっと楽じゃないか。

どうせ、ちり紙一枚ほどの価値しかない命だったんだから。

頭領は、どうでも良さそうに僕を見ていた。

こんな綺麗事みたいなやり取り、どうでも良いんだね。

どうでも良い。僕が戻るのか戻らないのか、それしか興味がない。

僕の生きる意味なんてどうでも良い。

必要なのは、僕の暗殺の才能だけだから。

怖いよ。

また痛い思いするのは怖いよ。

だけど、どうしたら良いのか分からないんだよ。

僕の心に聞けなんて、そんな難しいこと言わないでよ。

僕の心なんて、もうとっくに消え、
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