神殺しのクロノスタシス2
「…以上です」

一連の事件を、シルナが話し終えると。

「…」

さすがのフユリ様も、しばし沈黙していた。

フユリ様だけではない。

シュニィとアトラス夫妻も、絶句していた。

イーニシュフェルト魔導学院と、令月を巡る攻防に、協力してもらってはいたが。

何分緊急時だったもので、シュニィとアトラスには、「ジャマ王国から暗殺者集団が来るから、学院と生徒を守るのに協力してくれ」くらいの説明しかしていなかった。

そして今、初めて、事の詳細を聞いたのだ。

最初に声をあげたのは、この場で一番素直な男、アトラスだった。

「信じられん!魔導適性がないというだけで、我が子を売るなど!」

そして、シュニィも。

「ジャマ王国では、人身売買が行われている…。噂に聞いたことはありましたが、そんな幼い子供まで…。なんて酷いことを…」

自他共に認める子煩悩、しかも最近息子が生まれたばかりの二人には、我が子をタダ同然で売り飛ばし、

ましてや、痛みと恐怖で服従させ、人殺しの兵器に育て上げるなど…考えるだけでおぞましいだろう。

俺もそう思う。

でも、あの国では、平然と行われていることなのだ。

少なくとも令月の両親は、子供を売ることに少しも躊躇いはなかった。

しかも、令月が売られたのは、丁度ルシェリート夫妻のところの娘、アイナと大して変わらない年の頃だ。

まだあどけなく、親の愛情をたっぷり注がれ、守られながら育つのが当たり前の歳。

それなのに令月は、まさにその歳の頃に、実の両親に売り飛ばされた。

別に、生活に困窮していたとか、切羽詰まった理由があった訳ではない。

ただ、魔導適性がないという理由だけで。

もしアトラスに、「お前のところのアイナ、魔導適性もないし、特に才能もないみたいだから売れよ」なんて言ってみろ。

間違いなく、生きて明日の陽を拝めないぞ。

それくらい、異常なこと。

有り得ないこと。

しかし令月の場合、それが有り得てしまったのだ。

「…にわかには信じがたいですね」

フユリ様は、静かにそう言った。

そうだろうよ。

俺だって令月に会わなきゃ、そんな話を聞いたって、「まさかそこまで」と思っていただろう。

でも、その「まさかそこまで」と思われることが、実際に起きてしまった。

起きてしまったから、俺達は今、ここにいるのだ。

「しかし、シルナ学院長、あなたがそう言うのなら、それは事実なのでしょう。その令月という少年は、今何処に?」

「学院で保護しています」

「…そうですか」

「フユリ様の許可なく、『アメノミコト』と…いえ、ジャマ王国と事を構えてしまったのは、全て私の責任です。咎めを与えるなら、全て私に」

「いいえ、シルナ学院長。あなたの判断を間違っていたとは思いません。むしろ、尊重します」

「…感謝します」

フユリ様なら、そう言ってくれると思っていた。

もしフユリ様がシルナに咎めを与えるつもりなら、俺も黙っていないところだった。
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