あの場所へ
Ⅴ.宵の明星の下で
1.一番星
「ほら,こうやってみると,
なんにもないこの町も素敵にみえるでしょう。昼間は波間の白と海の青さのコントラストと,太陽の光を反射してキラキラ光る海面がとっても輝いているの。
そして,夕方はゆっくりと太陽が翳っていって海に吸い込まれるように沈んでいく瞬間に,辺り一面が真っ赤に染まるのなんて,ちょっとセンチメンタルになってしまいそうで……」
七海はまだ話を続けていた。
辺りはだんだん暗くなってきて,
周りの静寂が俺と七海を包んでいった。
「見てみて,ほら,一番星。」
突然,
七海は西の空に輝く星を指差した。
「あれは,金星じゃないか。
宵の明星だろう。」
「ええ,宵の明星は春から夏にかけてみえるんじゃないの。
秋から冬は明けの明星になるって聞いたけど。」
「この時期は,まだ夕方に見えるんだ。
ほら,西の空のとても低いところに
見えるだろう。」
「ふーん。」
と俺の話を感心そうに
聞いていた七海が,俺を見上げて,
「へ。。。
上妻くんは運動馬鹿だと思ってたけど星には詳しいんだ。」
「まあな・・・
唯一の趣味が天体観測だからな。」
「えっ,意外だな。
趣味は,授業中の昼寝じゃなかったの?」
そういうと七海は笑い出し駆け出していった。
俺は七海を追いかけようと,後ろを振り向くと急に胸を押さえてかがみこんだ七海が視界にはいり,慌ててかけよった。
「おい,大丈夫か。」
俺は七海の背中をさすりながら,
顔を覗き込んだ。
七海は何か痛み耐えているように
胸の辺りを押さえて,涙目になっていた。