もう一度あなたと
 この話を終わらせたくて、そう伝えれば加奈先輩も心配そうに口を開く。
「でも、お子さん寂しがるわよ」
 とうとうその言葉が出てしまい、血の気が引く気がした。別に日向の子なんて思わないだろうが、なんとなく知られたくなかった。ましてや結婚を控えている日向に、余計な面倒をかけたくない。
「お迎えも行ってくれるって言ってたし、大丈夫なんです」
「そう?」
 あえて母がとは言わず、夫がいるような口ぶりで私は話すと次の資料をパソコンに映し出す。
「さあ、続けよう」
 怖くて日向の顔は見えないが、先ほどと全く変わらない声が聞こえてきて、私は胸をなでおろした。ようやく18時をまわり会議が終わり、私はひとり会議室に残って議事録を作っていた。日向は一番にここから出て行ったため、私は今日初めて息をした気がして、ずっと緊張していたとようやく気付いた。

「彩華」
 静かに広い会議室に響いた自分の名前にビクっと肩が揺れる。その声音は先ほどまでとは違って聞こえて、過去を思い出させる。そして、今『彩華』と彼は呼んだ。プライベートだとわかり、私はギュッと唇を噛んだ。
「彩華、時間は大丈夫なのか?」
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