もう一度あなたと
「失礼します」
 泣きたくなるのをなんとか耐えると、私はそれだけを言って日向の横をすり抜ける。何も知らないのに。私がどんな思いで瑠香を生んだのかなんて知らないでしょ。完全に八つ当たりだと思うも、自席に戻ると私はバッグを手にする。

「神代さん、すみません。今日は失礼します」
 急いでいるのは瑠香のお迎えだとみんな思ってくれたようで、「お疲れ、気をつけろよ」と言ってくれる声を聞きながら会社を後にした。
 なんとか混みあった電車に乗り込むと、私はバッグからハンカチを出して目元を覆う。
 今頃涙が零れ落ちてきたのだ。なんの涙かわからないが、泣くのを止められず、周りの人々の心配そうな視線も気にせず声を殺して泣いた。

 最寄りの駅から歩いて十分弱で家に着くが、こんな泣き顔を見せられないと、ゆっくり歩いた。
 瑠香を妊娠した時も、いろいろな人の視線や、噂話もされたが泣かなかった。流産をしそうになったり、瑠香の首にへその緒が巻いてしまい、心拍がさがり緊急で帝王切開になり、出血多量で生死を彷徨った時だって泣かなかった。
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