離婚前提の妻でも溺愛されています
第一章 カウンター越しの御曹司
第一章 カウンター越しの御曹司   

建て付けの悪い木製の扉がガタガタと開く音に、笹原里穂は顔を上げた。


開店から三十年以上が経った食堂『ささはら』は入口の扉だけでなく建物全体の老朽化が進み、調理場でも入れ替えが必要な機器が増えてきた。

使い勝手にも影響が出ているので修理をしたり機器を一新したりしたいと思いながらも、二階の住居部分にも気になる部分が目立ち始めていて修理費用の捻出は難しく、頭を痛めている。

不動産会社の営業マンからは移転を考えてはどうかと提案を受けているほどで、移転するつもりはないが、せめて改装くらいは本気で考えた方がよさそうだ。

「いらっしゃいませ。……雫お帰り。今日は早いわね」
 
里穂は店に入ってきた妹の雫に、調理の手を休めることなく声をかけた。

雫は国内最大手の化粧品メーカー『杏華堂』に勤務していて、普段は大抵十九時過ぎに帰宅するのだが、今は暖簾を出したばかりの十七時。

いつもよりもかなり早い。

「ただいま。出張先から直帰してきたから」

「そうなの。お疲れ様。お腹は空いてない? なにか軽く出そうか?」

コトコトとおいしそうな音を立てているおでんの鍋に出汁を加えながら、里穂は扉を開いたまま入口に立っている雫にチラリと視線を向けた。

暖冬とはいえ二月の今はまだまだ厳しい寒さが続いている。

とくに日の入り時刻間近ともなれば一気に気温が下がる。
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