離婚前提の妻でも溺愛されています
消え入りそうな声で里穂が答えようとした時。

「んっ」

蒼真の鎖骨や首筋を這っていた里穂の唇に、蒼真のそれが重なった。





(蒼真side)

肌触りのいい真っ白のシーツの上に里穂の身体を組み敷いた時、夢を叶えるというのはこういうことかと、蒼真は思った。
 
生まれた時には将来が決められていた蒼真に、夢を持つことは難しかった。
 
目指す職業を見つけたとしても、杏華堂の社長という未来が控えている以上、それを実現させるどころか口にすることすらできないからだ。
 
流行りのゲームが欲しいとかSNSで話題の服や靴を買いたいとか、そんな些細な夢を持ったことも、蒼真にはない。
 
国を代表する企業の御曹司。欲しい物があれば、手に入れたいと夢を見る前にひと言欲しいと口にするだけで、すぐに目の前に届けられる。
 
成長するにつれてそんな自分の境遇を淡々と受け入れ、夢というものに縁のない人生を過ごしてきた。

ただ、幸運にも杏華堂での仕事は蒼真にとって人生を通して打ち込める、やりがいのあるものだった。
 
敷かれたレールの上を文句も言わず走った先には、夢を叶えるための努力を重ねてでも携わりたいと思える仕事が待っていた。
 
それがどれほど幸運なことなのか、社会に出てすぐに実感した。
 
結局、蒼真は夢を見たことも夢を叶えるための努力を重ねたこともないまま大人になり、そして里穂と結婚した。
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