離婚前提の妻でも溺愛されています
チーズが入っている保冷バッグを手に、里穂は口元を緩めた。

蒼真が引き受けてくれた店や自宅の改装費用にはまったく及ばないのはわかっているが、せめてお気に入りのチーズでワインを楽しんでほしい。
 
里穂は蒼真の喜ぶ顔を想像しながらホテルのロビーを歩いていた。

「ちょっと遅くなったかな」
 
スマホで確認すると、そろそろ十八時。蒼真が早く帰れそうだと言っていたのを思い出して、足取りを速めた。
 
その時、ホテル入口の回転ドアから見知った顔が入って来た。

「蒼真さん?」
 
ホテルに入って来たのは、蒼真だ。

遠目にも美しいとわかる女性の肩を抱き、エレベーターに向かっている。
 
肩を抱かれた女性は蒼真に全身を預けるように寄り添い、気のせいか足元がふらついているように見える。

うつむいていて顔はよく見えないが長身で手足が長く、白いジーンズとパーカーというラフな装いでもしっくり決まっている。

ふたりが乗り込んだのは、客室フロアへの直通エレベーターだ。

ということは、ふたりはここに食事に来たわけではなく、里穂のようにチーズを買いに来たわけでもない。

「どういうこと?」

里穂はふたりを乗せたエレベーターの扉が閉まるのを眺めながら、呆然とつぶやいた。

「やっぱり蒼真さんはお姉ちゃんのことが忘れられなかったみたいね」

< 188 / 222 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop