離婚前提の妻でも溺愛されています
「雫? 寒いから早く扉を閉めてね」
里穂は首をかしげた。しっかり者の雫にしては珍しい。
「失礼します」
ひとりの男性が暖簾をくぐり店に入ってきた。
スラリとした長身に紺色のロングコートがよく似合っている。
切れ長でハッキリとした二重まぶたとすっと通った鼻筋が印象的な、端整な顔立ち。
清潔感のある短めの黒い髪は艶やかで全体的に凜々しい雰囲気をまとっている。
三十代前半くらいだろうか、初めて見る顔だ。
「いらっしゃいませ」
里穂は笑顔で声をかけた。
「部長、姉です」
雫が男性にそう言って里穂を手で指し示した。
「部長?」
驚く里穂に、男性は会釈する。
「初めまして、桐生です」
「桐生さんって雫の? 失礼しました。妹がいつもお世話になっております」
里穂は慌てて鍋の火を止めカウンターから出ると、エプロンを外し桐生に深々と頭を下げた。
雫は現在経営戦略部で部長の秘書をしているらしいが、彼がその部長のようだ。
就職してもうすぐ丸二年。
雫が彼を店に連れてくるのは初めてだ。
「部長さんのお話は妹からよく聞いています。やりがいのある素敵な職場で働かせていただいているとよく自慢していて。いつもありがとうございます」
「部長、姉って美人でしょ? おまけにすごく優しいんです」
「雫っ」
里穂は顔をしかめてみせる。