離婚前提の妻でも溺愛されています
するとそれまで指先ひとつ動かさなかった蒼真の手が動き、里穂の手首を摑んだ。

「里穂……」

「蒼真さん?」

目が覚めたのだろうか。

里穂は摑まれた腕と蒼真の顔を交互に見やる。

相変わらず閉じられたままのまぶた。

そしてリズムよく繰り返される寝息。

目が覚める兆しはまるで見えない。

ただ単に、寝ぼけて里穂の手を摑んだようだ。

その手は眠くてぐずぐず言っている子どものように熱くて、里穂はクスリと笑った。
 
結局沙耶香のことも朝帰りした理由もわからないままだ。

もちろん気になるが、それは全部あとにしよう。

今は眠くてたまらない。

「少しだけ」

里穂はそうつぶやくと蒼真の傍らに身体を滑り込ませ目を閉じた。

 
里穂が目を覚ました時、蒼真の姿はどこにもなかった。
 
それどころかいつの間にか寝室のベッドに運ばれていたようで、ベッドサイドのテーブルに蒼真が残したメモを見つけた。

【おはよう。会社に顔を出してくるが、夕方までには帰る。ごちそうさま】

里穂は男性にしては繊細で丁寧な文字で書かれたメモを何度も読み返した。

「ごちそうさま?」

里穂はきょとんとし、もう一度メモに目を通した。やはりわからない。

寝ぼけていて行ってきますと書くつもりが間違えたのか、そんな感じだろう。

「本当、情けない」

里穂はため息とともに肩を落とし、ベッドに突っ伏した。

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