離婚前提の妻でも溺愛されています
「沙耶香、時間は大丈夫なのか?」

「あ、う、うん。そろそろ行かなきゃ。おばさまも急いだ方が」

我に返ったように、沙耶香は手元に置いていたスマホをバッグに放り込む。

「あら、もうこんな時間だったのね」

慌てて立ち上がる沙耶香に続いて、杏も傍らのバッグを肩に掛け席を立つ。

「あの、杏さん?」

「呼び出しておいてごめんなさいね。私もこれから講演会で福岡に行くのよ」

杏は口早にそう言うと、蒼真に向き合いニッコリ笑った。

「思ったよりも早く来たのね。じゃあ、里穂ちゃんのことよろしくね」

「言われなくても」

蒼真は当然だとばかりに答えると、ふたりのやりとりが理解できずにいる里穂に優しく微笑んだ。

「桐生君、いろいろありがとう。力を貸してくれた議員さんにも、今度帰国したらお礼に伺うって伝えておいてね。とにかく、本当にありがとう」

蒼真の傍らに立ち、沙耶香は深く腰を折った。

白く色が変わるほど強く握られている手を見ると、今も動揺が残っているのがわかる。

もしも蒼真が同じようにテロに巻き込まれたら。

想像するだけで胸が苦しくなる。

里穂も白く色が変わるほど強く、両手を握りしめた。

「礼なら十分言ってもらってるからもういい。それより早く行った方がいいんじゃないか? 乗り遅れたら旦那に会うのが遅くなるぞ」

「そうだね。じゃあ、ここで」

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