離婚前提の妻でも溺愛されています
おまけに今は個室のお座敷にふたりきり。

桐生とテーブル席に向かい合っているこの状況は鰻同様非日常で、なかなか落ち着けずにいる。

「素敵なお部屋ですね」
 
障子から漏れ入る柔らかな日射しが八畳ほどの和室を明るく照らしていて、桐生の姿もハッキリと目に入る。

店でカウンター越しに顔を合わせている時には気づかなかった、目尻に白く残る五ミリほどの傷痕。

それは子どもの頃に砂場で転んだ時にできた傷痕らしい。

そして真っ黒だと思っていた髪の色は日射しを浴びると少し茶色がかって見える。

すべて今日桐生と会って初めて気づいたことだ。

今まで桐生とは店で会うばかりで、当然だが外で顔を合わせるのは今日が初めて。

太陽の光を浴びている桐生は普段よりも生き生きとして見え、今までカウンターに腰を下ろした桐生しかほぼ知らなかったせいで、桐生が思っていた以上の長身だと改めて知って驚いている。

里穂が杏華堂の前で感じた違和感の正体はこれだったのだ。

店で食事をする桐生しか知らなかったせいで、まるで印象が違う桐生のことを別人のようだと感じたのだ。

今も柔らかな日射しを浴びておいしそうに鰻を口に運ぶ桐生の表情はこれまでになく穏やかで、まるで初対面の人と食事をしているようでそわそわしている。

「あの、時間は大丈夫ですか?」

里穂は落ち着かない気持ちをごまかすように、声をかけた。

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