離婚前提の妻でも溺愛されています
炭火焼きの香ばしさが口の中に広がって、いくらでも食べられそうなほどおいしい。

「やっぱりこちらのお料理には、敵いませんね。というより比べるのも申し訳ないです」

桐生がささはらを贔屓にしてくれるのはありがたいが、どう考えてもこの鰻の高級感には太刀打ち出来ない。

それだけでなく店構えや内装も、ささはらは足元にも及ばない。

「それはどうかな」

「え?」

「この鰻はもちろん文句なしにおいしいし、絶品ですが」

桐生はそこでいったん口を閉じ、テーブル越しに里穂に身体を寄せると。

「里穂さんの料理、とくに豚汁には敵わないですよ」

まるでふたりだけの秘密だとでもいうように、小声でささやいた。

「この間いただいたあじのフライも、うまかった」

続くささやきに、里穂は束の間息を止めた。

「そう言ってもらえるとうれしいです。どう考えてもこちらのお料理には敵いませんが、励みになります」

手狭で老朽化が著しい店でこの先どれだけ踏ん張れるのか見通しは甘くないが、とにかく頑張らなければと、気合いも入る。

里穂は椅子の上で姿勢を伸ばし、改めて桐生に向き合った。

鰻を食べたおかげか桐生の言葉に力を得たからか。

これまでになく前向きな気持ちが胸に溢れている。

「近いうちに手作りのプリンをメニューに加えますので、是非食べて下さい」

頬を緩ませた桐生につられ、里穂も顔がほころぶのを我慢できなかった。



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