離婚前提の妻でも溺愛されています
蒼真は取り合わずすぐに追い返したが、なかなか苛立ちが治まらず、見かねた雫に引きずられるようにささはらに連れて行かれた。

その日を境にしてささはらの料理の虜になったのは計算外だったが、今となればあの日の雫の強引さには感謝ばかりだ。

それにしても、と蒼真は小さく息を吐く。

今も常務のあの日の愚行を思い出すと、苛立ちが蘇ってくる。

工場に現れた途端、常務が蒼真に向かって口にした言葉も、あまりにも滑稽すぎてすぐに思い出せる。

「蒼真、麗美さんがわざわざ来てくれたからふたりで話でもしてきたらどうだ?」

「……は?」

あの日の常務の言葉が聞こえたような気がして、蒼真は恭太郞と顔を見合わせた。

「どうせあとはお開きを待つだけだろ。だったら工場でお前がしでかした無作法に目を瞑って今日も来てくれた麗美さんをもてなしてやれ」

「いったいなにをまた……」

耳障りの悪いしわがれた声にがっくり肩を落とし振り返ると、常務がニヤニヤ笑いながら立っていた。

傍には艶やかな朱色のドレスを着た麗美が、蒼真に向かって微笑んでいる。

華やかなメイクを施した顔はフランス人形のように整っていて、周囲からもチラチラと視線を向けられている。

「どうにかしてくれ」

蒼真は眉間に手を当て、思わずつぶやいた。

「こんにちは。本日は創業五十周年おめでとうございます」

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