離婚前提の妻でも溺愛されています
わざわざ自分のために用意してくれたはずだが、忙しくて食べに行けないのがもどかしく、そして申し訳ない。

ほぼひとりで店を切り盛りする彼女の忙しさは、容易に想像できる。

聞けば週に一度の閉店日である日曜日も、買い出しと仕込みであっという間に終わってしまうらしい。

最近は店の改装や移転を勧める不動産会社の存在にも頭を痛めているようで、心身共に疲れているはずだ。

それでも弱音らしき言葉を口に出さず笑顔を絶やさない彼女の強さには、グッとくるものがある。

『今回のご提案は、改めて遠慮させていただきます』

毅然とした態度で小山にそう言った里穂は、凜々しくてそして美しかった。

「蒼真、こちら昔世話になった前の経団連の会長だ」

父親から声をかけられ、蒼真は我に返る。

いつの間にか社長を囲む輪に近づいていたようだ。

蒼真は里穂のことを考えてぼんやりしているに違いない顔を、すっと引き締めた。

「今日はお忙しい中、わざわざ足をお運びいただきありがとうございます」

深々と頭を下げた視界の片隅で、表情を消した麗美がプイッと背を向け乱暴な足取りで会場から出て行く姿を確認する。

あの様子だと、またなにかしでかしそうだ。

これまでにも杏華堂の社長夫人というステイタスに憧れ近づいてくる女性に悩まされることはあったが、その類いのひとりに違いない彼女には、この先もてこずらされそうだ。

面倒なことになったと、蒼真は小さく息を漏らした。
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