離婚前提の妻でも溺愛されています
杏華堂の御曹司ともなれば、子どもの頃からおいしい料理を食べていて舌が肥えていそうだ。

下町の食堂の料理など、食べてもらえるのか不安になる。

「それなら全然大丈夫。部長の一番の好物は豚汁なの」

「豚汁?」

意外な答えに、里穂は目を丸くする。

「部長、豚汁が大好きなんですよね」

雫はカウンターの中からだし巻を差し出しながら、桐生に声をかけた。

「あ、ああ」
 
ロールキャベツを口に運んでいた桐生は、箸を手に顔を上げた。

「確かにそうだが、このロールキャベツも負けてない。かつおの出汁がきいていてうまい」

語気を強めて答える桐生に、里穂は雫と顔を見合わせた。

「当然です。お姉ちゃんの料理はどれもおいしいけど、これは最高だから」

はしゃぐ雫に、里穂も頰を緩ませる。

この和風のロールキャベツは年を重ねた常連客からのあっさりとした肉料理が食べたいというリクエストに応えて最近メニューに加えたのだ。

細かく挽いてふわふわに仕上げた鶏胸肉が和風出汁に絡んで年配の客にも食べやすいと好評だ。

「里穂ちゃん、最近料理の腕を上げたな。お父さんもきっと喜んでるよ」

テーブル席の客から声がかかり、里穂は「だといいんですけど」と笑顔を返す。

もともとこの店を切り盛りしていた父が亡くなったのは七年前。

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