離婚前提の妻でも溺愛されています
その後家族で試行錯誤を重ねながらどうにか店を続けてこられたのも、変わらず通い続けてくれるお客さんたちのおかげだ。

彼らのためにも店を続けていきたいのだが、バイトを雇うことも難しい経営状況ではあと何年踏ん張れるか、考えるだけで不安になる。

会社から帰宅した雫が手伝ってくれるのはありがたいが、いつまでも彼女に頼るわけにはいかない。

里穂は笑い声が響く狭い店内を見渡し、客のためにもここをなくすわけにはいかないと思うと同時に厳しい現実が頭をよぎり、ついため息を吐きそうになるのを我慢した。

「なあ、そこの男前もここの料理が気に入ったんだろ?」

ひとりの客がビール瓶を手に桐生の隣の席にやってきた。

昔からの常連だ。

「雫ちゃんの会社の人だって?」
 
桐生の空のグラスにビールを注ぎながら気安く声をかけている。

「そうなの。私の上司の桐生部長。男前だし仕事もすごくできるのよ」
 
桐生に代わって雫が自慢気に答えた。

その気兼ねのない話しぶりに、桐生が気を悪くしないかとドキリとするが、桐生は楽しげに笑い「桐生です」と言いながら客のグラスにビールを注ぎ返している。

「そうか、部長さんかい。雫ちゃんの彼氏も男前だが、こっちも負けてないな。だったらこっちは里穂ちゃんに譲ってやりな。毎日俺たちの飯をこしらえてばかりでかわいそうだからな」

「それは」

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