離婚前提の妻でも溺愛されています
雫がぱあっと表情をほころばせる。

太郞も雫を見るなり目尻を下げ「遅くなってごめん」と優しく微笑んだ。

雫への想いを隠そうとしないデレデレの恭太郞に、里穂は苦笑する。

「いらっしゃいませ」

「なになに里穂さん、他人行儀な言い方はやめてほしいよ。この店の戦力として頑張ってるのに寂しすぎる」

「店の戦力? なんだよそれ」

桐生が恭太郞に向かって眉を寄せる。

「うーん。簡単に言えば今は皿洗いの腕をあげようと力を尽くしてるってところだな」

恭太郞は誇らしげに胸を張り、顔なじみの客たちに軽く手をあげ会釈する。

「それより里穂さん、蒼(そう)真(ま)に大切な人なんていないし、俺と雫と違って仕事ばかりの寂しい毎日だから。おいしい料理、いっぱい食べさせてやって」
 
恭太郞はからかい交じりの視線を桐生に向けつつそう言うと、当然とばかりにカウンターの中に入ってきた。
 
そして慣れた動きで里穂や雫とお揃いのエプロンを身につけると、両腕を雫の前に差し出した。
 
雫は恭太郞のシャツの袖をくるくるとまくりあげ「今日もお仕事お疲れ様」と言って笑いかけた。

「雫もお疲れ様」

細身でスラリとした身体を折り、恭太郞は雫の額に軽く口づける。

小さなリップ音がざわめく店内に響き、客たちがなんともいえない視線をふたりに向ける。

桐生も箸を持つ手を止め呆然としている。

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