離婚前提の妻でも溺愛されています
週に一度ハウスクリーニングを依頼していると聞いた時は、生きる世界の違いに言葉を失った。

「ちょうどよかった。こっちもひと区切りついてコーヒーを淹れたから休憩しよう」

顔を向けると、トレイを手にした蒼真と目が合った。

「すみません。気がつかなくて」

里穂は慌てて蒼真に駆け寄り、トレイを受け取ろうと手を伸ばした。

「気にしなくていい。料理はからっきしだが、コーヒーだけは自信がある」

蒼真はトレイを里穂の手からゆっくりと遠ざけ、ローテーブルにコーヒーを並べた。

「といっても、俺のこの自信は優秀なコーヒーメーカーのおかげだけど」

冗談めかして笑う蒼真につられ、里穂もわずかに口元を緩めた。

同時に鼻先を掠めたコーヒーの香ばしいアロマに、朝から緊張で強張っていた身体から、ほんの少し力が抜けていく。

それでも全身に居座る緊張感はかなりのもの。

心臓の動きも驚くほど速い。

「そっちは片付いた?」

「ま、まだ細かいものは残ってますけど、だいたい終わりました」

里穂は口ごもりながら答え、蒼真に続いてラグに腰を下ろした。

テーブル越しに向けられる蒼真の視線が気になって、つい視線を泳がせてしまう。

覚悟していたとはいえふたりきりになると緊張し、呼吸ひとつに神経質になる。

同居生活は始まったばかりだというのに、この先うまくやっていけるのか、不安だ。

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