離婚前提の妻でも溺愛されています
あっけないほど簡単に受理されたのも相まって、結婚したという実感や感慨などなにもなく、片付けの慌ただしさに紛れてすっかり忘れていた。

「結婚記念日。そういえばそうですね」

事情を抱えた契約結婚のようなものだが、記念日には違いない。

「今日は俺たち桐生家の最初の記念日だな」

シュークリームを手に、蒼真は優しく微笑んだ。

「笹原家同様、これから記念日にはふたりでこれを食べることにしないか?」

「ふたりで?」

里穂の言葉に蒼真が大きくうなずいた。

「俺たち、家族だろ?」

「そうですね」

婚姻届の提出を終え、名字が笹原から桐生に変わった今、確かに蒼真と家族になった。

「ということで、改めてこれからよろしく。奥さん」

「私の方こそ、あの、よろしくお願いします」

奥さんと呼ばれて思わずシュークリームを落としそうになる。

プロポーズを受けて以来里穂と呼ばれるようになったが、初めて呼び捨てられた時以上のインパクトにオロオロしてしまう。

すると蒼真は期待に満ちた表情を浮かべ、勢いよくシュークリームを頬張った。

その瞬間、里穂は蒼真との間にあった距離がぐっと縮まったような気がした。

蒼真の幸せそうな表情を眺めながら。

里穂は〝俺たち、家族だろ?〟と言っていた蒼真の言葉を心の中で何度も繰り返していた。




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