離婚前提の妻でも溺愛されています
里穂はその心情を察し、苦笑した。

恭太郞は以前雫が店で男性客に声をかけられるかもしれないと心配して、連日食事に来ては閉店まで居座っていたのだが、そのうち時間を持て余し皿洗いや掃除などの手伝いを自ら始めたのだ。

里穂は当初断ったのだが、バイトひとつしたことのない恭太郞にとって店の仕事はどれも新鮮で楽しいらしく、今のところやめる気配はない。

それどころか仕事を覚えるのも早く丁寧で、今ではささはらの心強い戦力となっている。

「とりあえずこれ、洗っておきますねー。そうだ」
 
流しで食器を荒い始めた恭太郞が、思い出したように桐生に顔を向ける。

「蒼真、金目鯛の煮付けは食べた? 最近のうちのいち押しなんだ。最高にうまいぞ」

「うちの?」

桐生は再び眉をひそめた。

「まあ、里穂さんがつくる料理はどれも絶品だけど、俺はまず金目鯛の煮付けを食べてもらいたい。手前味噌で悪いけど、敷居が高いだけの格式張った料亭で食べるより断然うまい」

「手前味噌って……」

桐生は呆れたようにつぶやき、恭太郞と雫を交互に見やる。

「仲がよさそうでなによりだな。じゃあ、恭太郞のいち押し、いただいていいか?」

「喜んでっ」
 
雫と恭太郞の声が同時に狭い店内に響き、常連客の温かな笑顔がいくつも目に入る。

この優しい時間に触れるたび、里穂の頰も自然と緩む。

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