若頭と小鳥

6 若頭と小鳥の指輪

 義兄とさやかの部屋は隣り合っていて、古い妓楼のような格子模様の扉でつながっている。
 さやかは子どもの頃から病気で寝込むことが多かった。それなら一緒の部屋にしてしまおうかと義兄は言ったが、さやかには義兄が異性だという感覚は生まれていた。
 だからその扉は義兄に対する小さな壁で、けれども他の誰にも知られずにいつでも義兄のところに行ける抜け道でもあった。
 その扉を開けて隣に入っていくのは、圧倒的に義兄の方が多かった。けれどさやかが扉を開けて、義兄の部屋に入るときも少しだがある。
 その日、さやかは格子模様の扉をそろりと開けて義兄の部屋に入って、そこに義兄がいないのを確かめた。
 さやかは彼のウォークインクローゼットに向かった。義兄はお洒落な人で、スーツの靴だけでも二十以上、ネクタイも百近くを持っている。
 さやかは一つの部屋ほどもあるそこに立ち入って、棚の中から義兄の所有する宝石箱を開いた。
「そんなに汚れてない……けど、いつも綺麗でないと」
 さやかは椅子にかけて、義兄の指輪の一つ一つを磨き始めた。
 決まって義兄の留守の時、義兄の指輪を磨くのがさやかの習慣だった。
 病弱で地位も立場も持たないさやかが義兄にしてあげられることは少ない。
 でも幼い頃、さやかが義兄の指輪を磨いてあげたら、義兄はとても喜んでくれた。そのとき以来、さやかは義兄の指輪を磨くのが楽しみになった。
 ルビーにエメラルド、サファイアにアレクサンドライト。義兄のコレクションは見ているだけでも楽しい。
 けれどもこの仕事をするときのさやかは真剣だ。決して瑕をつけないように、丁寧に、隅々まで磨く。義兄は決してさやかに怒らないけれど、義兄の大切な宝物を扱うという責任感がさやかを強くしていた。
 さやかが時間を忘れて指輪を磨いていたら、いつしか日が陰っていた。
 そろそろ戻らないと。さやかがそう思って顔を上げたら、後ろから腕が回された。
「……つかまえた」
 びっくりしてさやかは指輪を取り落としてしまう。慌てたさやかとは裏腹に、その人はくすくすと笑ってさやかの横から顔をのぞかせた。
 そこに義兄の姿をみとめて、さやかはほっと安堵の息をつく。義兄はさやかを後ろから抱きしめたまま言う。
「驚かせてごめんよ。さっちゃんがあんまりに一生懸命だったから」
「だって大事な……」
 さやかははっとして取り落とした指輪を拾おうとする。けれど義兄は腕を離してくれなくて、結局その態勢のまま義兄自身がひょいと指輪を拾った。
 義兄は指輪を手のひらで転がしながら、思い出すように言った。
「初めてさっちゃんが俺の指輪を磨いてくれたとき、妖精みたいだと思ったんだ」
 義兄はさやかを腕に収めたまま、あやすようにさやかを揺らす。
「さっちゃんは、俺に気づかれないようにって緊張して、とても一生懸命でさ。俺は息を詰めてその様子をじっとみつめてたんだよ」
 ぎゅっとさやかを抱く腕の力を強めて、義兄は息をつく。
「……かわいくて。もう、つかまえて籠の中に入れちゃいたいくらいにかわいくてさ。時々、みつめてるだけじゃたまらなくなる」
 義兄はふいにさやかを抱き上げて椅子に座らせると、自分はその足元に膝をついた。
 さやかが首を傾げると、義兄はさやかの靴下を脱がせて、そこにパチリと何かをつけた。
「これは魔除けね。さっちゃんに、触れる者がいないように」
 さやかの右足首に、ピンクコーラルのアンクレットが巻かれていた。
 義兄に跪かせているようで、さやかはなんだか恥ずかしかった。義兄につかまれた足首が熱くなったような気がして、さやかはちょっとだけ震えた。
 義兄は足元からでもさやかを艶っぽく見上げて、そっとさやかの足を取った。
「どこにも行かせないからね」
 足に触れるのは可愛いアクセサリのようで頑丈な鎖のような、矛盾した感覚。
 でもそれが少しも嫌じゃなくて、さやかはアンクレットを愛しそうに撫でた。
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