カルテとコーヒー
動かない秀頼に痺れを切らしたように、
ベテラン看護師が後輩に指示を出した。
「気切の準備!頭頸の先生に連絡して」
「は、はい!」
「…いや」
若い看護師が走り出すのを、
秀頼の声が止めた。
「…ECMOエクモを回す。カテーテル用意。
潤、挿管頼む」
「‼」
ECMO…体外式膜型人口肺。
人工肺とポンプを用いて肺の機能を補う装置。
重度呼吸不全などに適応される、
所謂、患者の肺を休めるためのもの。
救急医、看護師、研修医までもが
一斉に秀頼を見上げた。
信じられない、という顔をして。
看護師が「でも!」と続けた。
「基礎疾患もわかっていないのに。
この若さで、感染症だけでここまで重篤に
なるなんておかしいんじゃないですか⁉」
「その通りだ」
看護師に賛同したのは、
長年ここに勤める救急医、林葉だ。
「血液検査とレントゲン、培養も急いで採れ。
藤原、その結果を待ってからでも
遅くはないだろ」
「……」
黙る秀頼が、二人の言葉に
悩んでいるのではないとわかっている者は、
恐らくこの中にはいないだろう。
潤を除いては。
ここまで容態が悪いのは、
気管支喘息の既往が影響していることは
間違いない。
たしかに、心機能やその他の状態を
把握しないままECMOを回すことは、
それだけでリスクが伴う。
だが、検査結果を待っている間に、
酸素マスクや人工呼吸器だけで
優子の呼吸状態が回復するとは思えない。
このまま重篤な呼吸不全が続けば、
脳や全身に障害が残るほどに危険だ。
秀頼の意図を汲み取った上で、
潤が言った。
「いいのか、ヒデ」
「あぁ。俺の患者だ。
この子のことは、俺が一番わかっている」
「ぇ…」
看護師の呟きが、
アラーム音に搔き消された。