カルテとコーヒー


外国産の、知らない缶ビール。
もう片方の手はポケットに入れ、
その腕に絡みつく知らない女。

一緒に海沿いを歩いた時とは、
まるで別人だった。

あれだけ中沢に憧れの姿勢を
見せていた南も、
優子の背中から顔を出そうとしない。

それほど恐ろしいオーラが、
目の前の男にはあった。


「私たちは、もう帰らせていただきます」


中沢の細く鋭い目に訴える。

それに返事をしたのは、
中沢ではなく違う男だった。


「お前、中沢の両親がうちの病院長と
 知り合いだって知らねぇのか?」


にやにやとしだす周りの人間は、
優子たちが焦ることを期待しただろうか。

だが、優子にそんな脅しは通用しなかった。

病院長の知り合いの息子たちが、
犯罪に関わっている事実を知られたことは
寧ろ向こうの落ち度だ。

それには中沢も察しがついたらしかった。


「余計なこと言うんじゃねぇよ」


そう呟くのが聞こえた。

優子は中沢にだけ伝えるように言った。


「私たちは帰りたいだけです。
 今日までお世話になりました。
 もう、関わりたくないので、
 ご馳走になった分を返せと言われれば
 お返しします。だから…」


「そんなに帰りたいなら帰れよ」


優子の言葉を遮って、
中沢はそう言いながら階段が見えるように
道を開けた。

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