カルテとコーヒー
数秒間の沈黙が流れた。
悲鳴をあげる者も、
騒ぎ立てる者もいない。
優子はゆっくりと目をあけて
その理由がわかった。
何も起きていなかったからだ。
男の右拳は、
ただ虚しくも宙を斬っただけだった。
秀頼が一歩下がったその足を
前に踏み出して言った。
「もうやめておけ」
その一言が、男に重くのしかかったのだろう。
だが、周囲の男たちにとっては、
秀頼が男の拳を見事に避けたことが
寧ろ引き金となってしまったらしかった。
数人の男たちが四方から秀頼と優子を囲み、
まるで映画のワンシーン的な展開になっている。
それでも冷静な姿勢を崩さない秀頼に、
優子はこの危機的状況でも、
なぜか段々と落ち着きを取り戻していた。
「先生、大丈夫ですか?これ」
「まずいな、明日も朝から仕事だってのに」
「起きれます?」
「さあな」
襲い掛かってくる男たちを、
まるでダンスでも踊るかのように華麗に
かわしていく秀頼。
優子はそんな秀頼の動きについていくしかなかった。
中には酒の瓶を振り回してくる者もいたが、
ただ単に中身が泡立って終わるばかりだ。