カタカナは嘘
シンユウ
私の名前は水眞果穂。
高校二年生になったばかり。
私は人と話すのがちょっぴり苦手。
だけど、こんな私でも毎日話しかけてくれる友人がいて本当にシアワセなんだ。
「おはよ、カホ」
「おはよう、サヤカ」
「今日のテスト、だるっ」
「うん、だるいね」
「なーんもしてないや。カホは?」
「うん、してないしてない」
サヤカは「だよねだよね。うんうん」ってうなずいて満面の笑みを浮かべてる。
朝の教室で、シンユウのサヤカの話を私はずっと聞いていた。
彼女は本当によく笑い、よくしゃべる。
私なんかと大違い。
実は私、今日はあまり体調がよくないんだよね。
朝からお腹がいたいのをずっと我慢してる。
でも、そんなことは決して顔には出さないように歯を食いしばってる。
私の調子がいつもと違うと、サヤカは残念そうにしてしまうから。
だから私はいつもと同じようにふるまわなければいけないんだ。
あっと、彼女の話をちゃんと聞いてあげないと。カワイソウだからね。
私はいつもの笑顔を顔に張り付けて、機械のように相槌をうっていた。
サヤカとは一年生の頃からの友達で、付き合いはほぼ一年になる。
でも、入学したてのころは実はあんまり喋ってなかった。
初めて話すことになったのは入学からしばらく経ってから、そのきっかけになったのは、そう、たしかあの時だ──。
一年前の四月末、入学してから少し経ち、みんなクラスになじんでいたくらいの時期。
その頃はちょうどゴールデンウィーク前で、みんな浮き足立っていた。
しかし、私はいまだ友達もできてなくて一人ぼっちだった。
そんな日の放課後、私は下駄箱の中で手紙を見つけた。
うそ!? ラブレター?
びっくりして、あたりをキョロキョロとうかがう。
初めてだった。
内容はありふれたもの。
私のことが気になるから、もっと話してみたいといった感じの。
手紙に書いてある男の子の名前を見てもすぐにはピンとこなかった。
同じクラスの男子ではない。
だってクラスメイトとほとんどしゃべってないから、名前もよく覚えてない。
記憶を探ってみるとピンときた。
そっか。委員会だ。
私はクラスの美化委員(誰も立候補せずに反強制でならされた)だった。
美化委員会の集まりに出席したときに、隣の男子としゃべったことを思い出した。
カラッとした笑顔がまぶしくて、恥ずかしさでちゃんと顔を見れなかったけど、運動部っぽいさわやかさがあってカッコいい男の子だった記憶がある。
と言っても少しあいさつをかわした程度で、あれを話したと言えるかどうかは人によると思うけど。
しかも、委員会はまだ二回しか開催されてない。
二回だけ、それもほんのちょっと言葉をかわした程度の男の子だけど──。
でも、うれしい。純粋にうれしい。
入学以来ぼっちだった私にとって初めての人との接点だったから心が踊った。
どうしようか。
行くかどうかを迷ってるんじゃない。
話してみてタイプだと思った時に、ちゃんと心を開けるかが不安だった。
どんな人なんだろうな。
もし、話が合って雰囲気がよくなったら……。
付き合っちゃったりするのかな……。
高校に入ってまだ友達もできてないのに……?
友達よりも彼氏が先にできるなんてこと……あるのかな?
とにかく書いてある場所にいけば、何かが起こる。
昇降口で一人迷っていると、後ろから声をかけられた。
「水眞さん?」
「え……」
「どうしたの? なにそれ、ラブレター?」
「あ、えっと」
「あ、あたし、如月。ごめんね、いきなり話しかけて」
その時出会ったのが如月サヤカ。
いきなり話かけられたことよりも、向こうが私の名前を覚えていたことにビックリしていた。
私は覚えてなかったのに。
彼女はクラスの中でも目立つタイプの女の子だったから顔は知っていたけど。
私みたいな地味で友達もいないような女のことなど知る由もないだろうと勝手に思っていた。
サヤカとしゃべったのはこれが初めてだったけど、名前を覚えてくれていたことでとくに悪い印象は持たなかった。
彼女は人のプレゼントをうらやましがるような、キラキラした子供のような目で私の手元をのぞきこんできた。
「ねえ、誰? 誰から? よかったら教えて」
「えっと、二組の岩谷くん」
「えー! 岩谷くん! めっちゃイケメンじゃん!」
サヤカが大声を出すもんだから、私はあわてて唇に指を立てる。
「そ、そうなの? イケメン、なんだ」
「そうだよ。え、しゃべったことない? ハンド部のエースだよ?」
「少しだけしゃべったかな。ハンド部……そうなんだ……」
「えー、いいなあいいなあ! ちょーうらやましい」
「そうかな……」
「今から行くの?」
「ん、うん。どうしよ……」
「え、行かないの?」
「いや、緊張するから……」
行くつもりだったけど、サヤカがはしゃぐもんだからハードルをあげられた気がした。
「えー、行かないのもったいないって!」
もったいないっという言い草がなんだかおかしく、私は吹き出した。
緊張が少しほぐれる。
「そうだよね。行こっかな」
「ねえ、じゃあさ!」
そして、サヤカがビックリすることを言い放った。
「私もいっしょに行ってもいい!?」
「……えっ?」
その後、本当にサヤカといっしょに岩谷くんに会いに行った。
岩谷くんが目を丸くし、私が緊張のあまりうつむいている中で、サヤカがほぼほぼ会話を回し、気が付いたら三人でそれぞれ連絡先を交換していた。
その後、私と岩谷くんの距離がそれ以上縮まることはなかった。
ガリガリ……ガリガリ……。
バキッ!
授業の板書をしながらあの時のことを思い出していると、机のキズがまた一つ増えていた。