カタカナは嘘
浅はかな女
「それが、バスケ部の一年!」
「……うん」
「カホ? 聞いてる?」
「うん? ごめん、なんだっけ」
焦った。本当に聞いてなかった。
でもサヤカは不機嫌じゃない。それ以上にご機嫌な話題なんだろうな。
「だから、バスケ部の一年でカッコいい男がいるって話」
またこの手の話題かって思ったら、せっかく開きかけた耳を象のように閉じたくなった。
「うん、そっか。え、一年?」
「そう、一年」
「年下なんだ」
「見えないよ? ぜんっぜん」
サヤカの目がギラリと光る。獲物を狙うネコ科のように。
「身長高くて、顔ちっさくて、なんかモデルもやってるっぽい。あれが先月まで中学生だったなんて、マジでえぐい」
サヤカ、ノリノリだ。落とす気満々なんだろうな。
私はまた引き立て役。
──あの時みたいに。
いや、引き立て役ですらないか。
昼休みになってサヤカといっしょに食堂へ向かった。
トイレの鏡で入念に身だしなみをチェックするサヤカ。
鏡越しに目が合った。彼女のやる気がビシバシと伝わってくる。
彼女は微笑んで言った。
「よし、いこ!」
食堂の席は学年ごとにだいたい決まっている。
一年生は入り口の方、三年生は奥の方。
別にそれをやぶったからどうってことはないけど、この決まりは暗黙の了解みたいになってる。
食堂の入口付近で立ち止まり、周囲を見回すサヤカ。
たぶん、噂の一年生を探してる。
一年生の男子たちが私たちのほうに視線を向けて、なにかしゃべってる。
サヤカの溢れんばかりの可愛さに、こないだまで中学生だった男の子たちは釘付けになってるんだろうな。
「いたいた。アレだよ絶対」
知らない女からアレ呼ばわりされて、指までさされたその男の子の方に視線を向けた。
同級生たちに囲まれている中で、ひと際目立っているその男の子、たしかに背が高い。
えっ、うそ?
西之谷琢磨。
その名前を胸の中でつぶやいた。
間違いない。
このまえ保健室でいっしょになった彼だった。何人かの友達とテーブルを囲んで楽しそうにしている。
あの時は近すぎて気が付かなかったけど、あんなに身長高いの?
たしかに顔は、カッコよかったけど。
「後ろの席空いてる。いこいこ」
サヤカが先だって、西之谷琢磨が座ってる後方の席を陣取る。
ちょうどそこに座ろうとしていた一年生の女子たちがいたけど、サヤカの覇気によって蹴散らされた。
食事中のサヤカの声はいつもより大きかった。
明らかに後ろの男子たちを意識している。
そして彼らもこちらを意識しているようだった。
サヤカは外見だけは本当に美少女だから。
加工一切なしでこの見た目は本当にすごい、そこだけは感心する。
「あー、もう食べられなーい」
しばらく食事をつづけた後、サヤカは急に大声をあげた。
そんな彼女を私はニコニコしながら眺めていた。
いつもはバクバクと浅はかに食べているサヤカが、今日に限ってこんなことを言うからだ。
猫をかぶっているのはみえみえだけど、後ろの男子たちがチラチラとこちらを見ている。
きいてるきいてる。といった顔でサヤカはほくそ笑んでいる。
サヤカは本当に女の子がうまい。
そういえばずっと前にサヤカとバーガーショップに行ったとき、彼女が新商品のハンバーガーを3コもたいらげた後にアイスクリームまで食べていたのを見て唖然としたっけ。
だけど。サヤカの本領はここからだ。
「あっ」
会話の途中で彼女がわざと化粧ポーチを床に落とすのを私は見逃さなかった。
ポーチが開いて中身のメイク道具が床に散らばった。
「あー! どうしよ!」
叫びながら床に腰を落とすサヤカ。
まずその体制、スカートや太ももに男子は全員釘付けになる。
しかし、西之谷琢磨はサヤカの愚行に特に反応はしていなかった。
周囲の男子たちが散らばったメイク道具を拾って、デレデレしながらサヤカに手渡しているのを横目に、彼はずっとスマホに目を落としているだけだった。
当初の狙いが外れたであろうサヤカも、そこはプロだ。
さすがに顔には出さずに大立ち回りを続けている。
その時、一瞬だけ彼と目が合った。
口を「あっ」という形にしているのを見て、私に気づいたんだって思った。
目のやり場に困った私はとっさにサヤカに声をかける。
「サヤカ、大丈夫?」
「うん、みんなが拾ってくれた。マジ感動」
「そっか。ヨカッタね」