カタカナは嘘
待ち伏せ
「西之谷くん!」
とびっきりの甘い声で、サヤカは西之谷琢磨に話しかけた。
彼は気だるそうに振り返る。
私はその様子を下駄箱の陰から眺めていた。彼は私に気づいてない。
サヤカのスカートがいつもより短い。
放課後、遊びに行く時は短くするけど、今日はいつにも増して短くなっている。そういうところはさすがだね。
「西之谷くん、今帰り? 部活は?」
「……まあ」
まあ、って言った? まあ、ってなに?
彼は誰が見てもわかるほどの適当な返事を返す。
それを見て、なぜだか私の方がヒヤヒヤしてしまっている。
女の子が男の子に話しかけて、あんな冷たい態度ある?
当のサヤカはどう思ってるんだろうと覗いてみるけど、私の方からは彼女の後ろ姿しか見えない。
「あ、西之谷くん、今から帰るの? よかったらいっしょに──」
「無理」
「えー! そんなこと言わずに──」
「とにかく、無理」
「う、うん。わかった。ごめんね」
サヤカが言い終わらないうちに、スタスタと通りすぎてしまう西之谷琢磨。
表情はわからないけど、サヤカの焦ってる様子がビンビンに伝わってくる。
うわあ、つよ。
サヤカの攻撃を、あんなに適当にかわす男は初めて見た。
私はなぜかニッコニコでその光景に釘付けになっていた。
「──あの! 西之谷くん、待って。もしよかったら」
サヤカの追いすがるような言葉にも、彼はまったく無反応で足早に昇降口を出ていってしまった。
残されたサヤカ。がっくりと肩を落としてこちらにくる。
私は表情を切り替える。とびっきりの同情の顔。
これはけっこう難しい。やりすぎても嫌味に見えるから。
サヤカがこんなに落ち込んでいる姿は初めてだ。
ずっと前に、ケーキ食べ放題のイベントに行った時に、日付を勘違いしていてもう終わっていた時よりも落ち込んでる。
まず男関係でサヤカがこんな醜態をさらすことはない。
そういう意味では彼女のこんな姿は初めて見る。
「サヤカ? どんまいだよ」
「……カホ。なに笑ってるの?」
「えっ?」
「はぁ、あたし先帰るね」
「ばいばい、気を付けてね」
サヤカは明らかにごきげんななめだった。
一応私はシンパイしたけど、サヤカがあそこまで落ち込んでるなら仕方ない。
二、三日すればまた元に戻ると思い、気にしないことにした。
サヤカは一人で先に行ってしまったので、私は一人で帰っていた。
すると、後ろから誰かに肩を叩かれた。
「よっ」
振り返ると、そこには西之谷琢磨が立っていた。
「え、なんで」
「カホと、話したくて」
「なんで呼び捨て? この前はちゃん付けだったのに」
「いいじゃん」
「まあ、いいけど」
「いいんだ」
「ねえ、タクマくんって呼んでいい?」
「いいよ。なんかハズいな」
「年下なんだから、つべこべ言わないで」
二人の歩幅はぎこちなかった。
どうしてタクマくんといっしょに帰ってるのか意味が分からない。
顔には出さないようにしたけど、かなりドキドキしていた。
「さっき、なんで隠れてたの」
え、うそ、バレてたみたい。
「サヤカが見ててって言うから」
「サヤカ……」
「さっきタクマくんに声かけてた子だよ」
「ああ、わかるよ。ねえ……」
その時、タクマくんの私を見る目が変わった気がした。
「あのサヤカって子と本当に仲いいの?」
「……うん、ナカヨシだけど?」
「ふーん」
「それで、タクマくん」
「ん」
「なんで私を待ち伏せしてたの?」
「いや……なんか気になって」
はあ?
この一個下の有名人は、なんでかこうずるい言い方をしてくる。
「なにそれ、なに、気になるって」
「ん、まあちょっと」
何か言いづらいことがあるのか、タクマくんは歯切れが悪い。
「そうそう、西之谷琢磨、調べたらすぐ出てきたよ。モデルやってんだね」
「まあ、声かけられて始めただけだけど」
クールだ。嫌味な感じは本当にしない。
「君みたいな有名人が、私みたいな普通の女の子の、何が気になるのかな」
「なにその……まわりくどい言い方」
「──私が勘違いするとでも思った?」
「……ぜんぜん普通の女の子じゃねー。めっちゃめんどくさそー」
「ふふっ、かもね」
飾らない。
タクマくんと少し喋ってみての印象はそんな感じだった。
彼になら、何言われても悪い気はしない。
しばらく二人で無言で歩いてたら、彼は唐突につぶやいた。
「ねえ、誰か恨んでんの?」
「どういう意味?」
思わず、彼の目をじっと見つめる。
「カホって、恨んでる人いるんじゃない?」
「何を、言いたいのかな」
彼も目をそらさない。
「許さないって言ってたけど。このまえ寝言で」
「……覚えてない」
「そりゃ、寝言だからな。なんかずっと言ってだから、思わず怖くなって起きたんだよ」
「そっか。起こしちゃって、ごめん」
「誰か殺したいほど憎い相手、いるの?」
私は少し考えてから、別れを告げた。
「イナイヨ。ばいばい」
「え、待って待って、連絡先交換しよ!」
「いいけど」
私たちはラインを交換して、わかれた。
このことは、サヤカには秘密にしないとだ。