he said , she said
第三章/搦め手


「珍しいじゃないっすか、片岡さんから声かけてくれるなんて」
井出克行(いでかつゆき)がビールジョッキを口に運ぶ。

相変わらずフットワークと口調が軽い。
「合コンしたい、とかじゃないでしょう?」
探るような視線をよこしてくる。

「六本木界隈で美味い店を教えてほしくてさ」
駆け引きするような相手ではないので、さらりと告げる。

「女の子と行くんですか」

そういうことと、頷いてみせた。
「ランチとディナーと。流行りの店じゃなくて隠れ家っぽい、デートに使える店」

「てことは相手はカタギの女の子なんですね〜」

井出は広告代理店の営業だが、本職より酒席と女性の手配が得意な便利屋として重宝がられている。
やたらと顔が広く酒と美食に詳しいのが売りだ。

何年か前、 “友達が多い” を自称して闇営業に手を染めたことでスキャンダルになった芸人を思い出す。

金と権力が渦巻く場には、余禄(よろく)()もうとする有象無象が湧いてくる。
井出のようなコバンザメの腹が膨れる業界であり、彼は有能なコバンザメだった。
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