he said , she said
値段が付けられないほどの価値といわれてもピンとこないが、明るい色彩で表現された光のなかに描かれた人物や風景画は、視覚にすっと入ってくる。
複製(レプリカ)ではなく “ホンモノ” を見ているという俗っぽい満足感もある。

なにより人が多いので、瞳子との距離が自然と近くなるのだ。
はぐれないように瞳子の腕や手に触れたり、人波からかばうテイで背中に手を回しても、彼女は拒まなかった。
階段を何段飛ばしかで上がったような達成感だ。

展示の最後のほうに、『印象派展によせて』というパネルがあった。
今回の展示の目玉作品を、高名な美術評論家が解説しているものだった。
時代背景や鑑賞ポイント、画家の生い立ちも織り交ぜてあり、素人にも分かりやすい。

瞳子は熱心に目を通している。
直弥は女性に「知」なるものを求める気はない。おおかたの場合、プライドの高さとセットになっているからだ。
とはいえ基本線は押さえてもらわないと困る。

絵画の展示室ではないので、そのスペースには大きくとられたガラス窓から午後の陽が降り注いでいる。
文章を追う瞳子の横顔を陽が照らし、頬のうぶ毛が透けている。色づきはじめた桃の実のようだ。
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