エリートなあなた
立ち止まったまま流れる無言の時間は、自分を責めるには十分すぎるものだった。
それなのに大きな手に掴まれている右手首が、じんわりと熱を帯びていく。
「吉川さん、」
たった一度呼ばれるだけで。こんなにも胸の奥が熱くなることも未だかつてなかった。
――どうして此処で認めなければならないの?…黒岩課長を好きになっている事実を。
「は、なして…くださっ」
だけれど気づいてしまった以上は、もう距離を置かなければダメ。
課長から向けられた親切心は、大切な人の苦しみを取り除くためであるから…。
「お、ねが…っ」
このままでは埒が明かない。振り返った私は零れる涙をそのままに、課長と対峙して解放を望んだ。
「――ごめんな」
すると、苦しそうに笑みを浮かべた課長から手の力が抜けた。
今はとてもダークグレイの目を直視も出来ず、視線を彷徨わせてしまう。
謝られれば謝られるほど惨めになるから息苦しい。だからこれ以上、何も言葉に出来なくて。
私は泣き顔を見られていることも構わず、どうにか一礼して専務秘書室のドアを開けて退出した。