エリートなあなた
最上階にある役員室から一階下の秘書課には戻れない。つきあたり奥の人気のない階段へ走った。
バタバタと1階分下りた先にある、踊り場手前の段に力なく座り込む。シンと静まり返った中、その床はひどく冷たい。
だけど、その無機質さが火照りを沈めるようで、ほんの少しホッと出来た。
ポケットに入れていたハンカチで頬と目元を抑えながら、大きく深呼吸する。
早く戻らなければ、と思えるだけ冷静な私がいる。だから、これから2人の姿を見ても大丈夫。
その片隅でズキズキと痛む心は、素知らぬフリをしてしまう。このまま泣くことがとにかく情けなくて…。
チラリと腕時計に目を向けると、専務秘書室を抜け出して5分が経過していた。
――黒岩課長は……、もう部署へ戻られたはずだよね?
スカートについた埃を叩きながら立ち上がった。そして向かったのは、1階下にある秘書課の化粧室。
その扉を押すとすぐ、隅に備え付けてある棚を開ける。そこには皆が手ぶらのままメイクが直せるようにと、それぞれの置きポーチが収納されていた。
化粧室の大きな鏡と対面すれば、やっぱり目元とファンデーションの崩れは散々なもの。ポーチの中身を駆使して、手早くそれらに対処した。