エリートなあなた
――だから、優しさの意味を履き違えそうになる。…彼は、絵美さんの彼氏なのに。
嗚咽が漏れそうな口を手で押さえると、鏡に映るどこまでも子供な自分に増す嫌悪感。
「吉川さん、…出て来てくれないか?」
「…ごめんなさい、その」
「――心配なんだ、」
戸口から聞こえた、切なさを残す声色。それがまた涙を生み出すことを、優しい彼は知らない。
すると沈黙を切り裂くように、「…もしもし?」と彼の声が聞こえた。どうやら誰かと通話を始めたようだ。
「ああ、…それなら絵美さんが持ってる。ああ分かった、よろしく」
その言葉を最後に、また静まる一帯。…何をしているんだろう?多忙な彼を引き留めるいわれは、どこにもないのに。
慌ててハンカチで頬と目を拭うと、バッグを持って化粧室のドアノブを回した。
「――課長、その…お忙しいのにすみませんでした!」
閑散とした廊下の中心で佇む彼と目が合う。気まずさゆえに、矢継ぎ早の言葉でもその目は穏やかだ。
「何も心配する必要ないから」
「…え?」
「ひたすら自分の能力を信じて頑張って欲しい」
さらに大きな手が肩をぽんぽん、と数度叩いた。ふわりと漂う、男らしい香りが鼓動の高鳴りを呼び覚ます。