エリートなあなた
周囲から聞いた話によると、秘書課の制服をどうしても着たがっていた彼女。つまり腹いせで、毎回私に嫌味をプレゼントしてくれるというカラクリだ。
だが、今日の阿野さんは両腕を組みながら一段と不機嫌な態度を露わにする。
「へぇ…、そう言ってるけど、ホントは黒岩課長を覗きに来たんでしょ?」
「…それは断じて違います。急いでいるので失礼しますね」
言いがかりも良いところだと、笑顔を顔に貼りつけたままその場から逃げた私。
ようやく辿り着いた小会議室A。つい重い溜め息を吐き出しながら、そのドアをコンコンと2度ノックする。
“どうぞ”と入室許可の言葉を待って、ようやく目の前のドアを開けた。
「失礼いたします」
すると4席しかない小さなその部屋で、ひとり壁に凭れかかり窓の景色を眺めていた人と目が合う。
ライトグレーのスーツにブルーのネクタイを合わせた、整った綺麗な顔立ちの人。珍しいダークグレイの瞳は、どこまでも澄んだ色をしていた。
――この男性こそが、黒岩 修平(クロイワシュウヘイ)試作部課長。
「こんにちは」
「こ、こんにちは。…お疲れ様です」
「――中に入らないの?」
ドアノブを手に部屋へ入らず、固まっていた私。それが可笑しかったのだろう、クスリと一笑した彼に促されてドアを閉めた。