エリートなあなた
「でもね、」と言って、飲みかけのコーヒーカップをソーサーへと置いた松岡さん。
「オレもこの前のことは心配だしね。別に気にしないでいいよ?
人の口に戸は立てられないもん。どこかから聞きつけたヤツが騒ぎ立てるだろうし…。
暫く会社の人間が集まるような場所は、避けた方が無難かもしれないな。
それにオレの方はあんなウソじゃあ波風も立たない、…あ、でも面白いかも」
くすくすと笑っていた表情が不意に、ニヤリと意地の悪い笑みへと変わった。
ということは――松岡さんの彼女は、もしかすると会社の中にいるのかもしれない…。
「修羅場になる前に、私に言って下さいね?」
「うん、それは絶対ないね――ウソつかないよ」
それでも真っ黒な目が優しさを孕んでいるから、何だかくすぐったさを覚えてしまう。
「…それじゃあ遠慮なく。…ありがとうございます、」
ここまでフォローされてしまうと、受け取らない方が失礼にあたる。
狭い店内でさすがに小さく頭を下げることしか出来なかった。
「うんうん、やっぱり素直だねえ――じゃああと5分で食べてね」
「えっ…!い、急ぎます」
煙に巻かれてしまった私の手には、またナイフとフォーク。
さっきよりスピードを上げ、穏やかな顔をして見てくる松岡さんの隣で慌てて食べていた。