【短編】婚約破棄された悪役令嬢ですがリスクを回避できて幸せです

撤回のお願い

「……これをライナス殿下が承認……」
 国王陛下の代理で出席した国同士の会談で王子が承認した内容はもう覆せない。
 どれだけ馬鹿なの、あの男!
 今回一番必要だった小麦は希望の半分にも満たない、そして自国でも十分獲れているオレンジとレモンは供給過多で価格が下がってしまう。
 このままでは国民の主食は不足し、生産品の価格は下がり貧富の差が激しくなるだけ。
 どうして農業大臣が止めなかったのか。
 いや、きっと止めてくださったけれど、あのバカ王子が承認したのだろう。
 シェリルは心を落ち着かせるため、大きく息を吐いた。

「……ありがとうございます」
 シェリルはリストをディートリヒに戻すと、何事もなかったかのようにオレンジティーを味わった。
 何も交渉してこないシェリルをディートリヒはジッと見つめる。
 目が合ったシェリルは、公爵令嬢らしい余所行きの顔で微笑んだ。

「街で会った時の笑顔の方が好きだ」
「申し訳ありません。少し、動揺しております」
 動揺したところで、私にできることは何もない。
 私はライナス殿下の婚約者でもなく、無力なただの公爵令嬢だ。

「礼をするつもりが、気分を下げてしまったな」
「そんなことはないです。教えていただかなければ、知る機会もなかったですから」
 せめて父の領地の人たちだけでも、できるだけ影響がないようにしなくては。
 シェリルは解決策を考えなくてはと思ったが、すぐには何も思いつかなかった。

「今日はここに泊まっていってくれ。おそらく夜には王宮へ行った大臣たちが帰ってくる」
「……それは」
 私に交渉する機会をくれるということ?
「それで礼になるだろうか?」
「ありがとうございます。ディートリヒ王太子殿下」
「ディーだ。街で会った時のように接してくれ」
 優しく笑うディートリヒに、シェリルは屈託のない笑顔で「はい」と答えた。

 ディートリヒとの会話はとても楽しかった。
 こちらを飽きさせず、無理に聞き出そうとすることもなく、テンポも良いため思ったよりも話し込んでしまった。
 そして時々見せる笑顔は反則級。
 比べるなんて不敬だが、同じ王子なのにどうしてこんなに違うのだろうと心の中でシェリルは思ってしまった。
 
 案内された客室も船の中とは思えない豪華な部屋。
 ただ、窓から見える景色は遮るものがない海。
 夕食はクトウ国の料理で馴染みのないものばかりだったが、とても美味しかった。
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