【短編】婚約破棄された悪役令嬢ですがリスクを回避できて幸せです
「さて、我々は隣の部屋からのぞくとしよう」
「そんな面白い仕掛けがあるのですか?」
 この船はクトウ国の技術を詰め込んだ自慢の船なのだと貿易大臣が教えてくれた。
 確かに何もなさそうな場所にリスク『85』と表示されている。
 あれは罠ということ?
 シェリルはあそこは絶対に触らないようにしようと決意しながら、大臣たちについて行った。

「……なんでこんな大事な話し合いに彼女同伴なのかしら」
 シェリルはさすがに自分でもこの場は遠慮すると肩をすくめた。
 隣の部屋でディートリヒに必死で頼み込んでいるのは第一王子のライナス。
 そしてうっとりとした目でディートリヒを見ているのは伯爵令嬢のカリナだ。
 
「あれは前回打ち合わせに出ていたシェリル・アークライトがそうしろと言ったから仕方なく同意したんだ。だが、考え直させてほしい」
「あの会談にはアークライト公爵令嬢は参加していなかったと聞いたが?」
「体調不良で欠席だったが、貴国に従えと脅されて」
 いつ私が脅したのだろうか。
 それ以前に、たかが公爵令嬢が第一王子を脅せるのだろうか。
 誰だっておかしいと思うことに気づいていないのだろうか?
 本当に残念な男だ。
 
「こ、これが脅された証拠だ」
 ライナスは胸元から一枚の紙を取り出し、ディートリヒに見せる。
 署名された日付は、ディートリヒがフーグを買おうとした日。
 あの日、この街にいたシェリルが署名などできるはずがない。
 ディートリヒは日付を確認すると、書類を適当にテーブルに放り投げた。
 
「この書類は偽造だな」
「な、な、なんで」
「あの女は本当に最低で。いつもライナスが可哀想で」
 泣きまねをしながら豊満な胸をグッと強調するカリナに、ディートリヒは苦笑する。
 こんな品のない女のために聡明なシェリルを捨てるだなんて、やはり納得がいかない。
「本当に本人の署名か?」
「も、もちろんだ」
「当然よ」
「……そうか」
 ディートリヒは今のやり取りを日時と共に記録させる。
 ディートリヒが髪をかき上げながら立ち上がると、カリナはうっとりと見つめながら姿を目で追いかけた。

「その日に署名は無理だ」
 ディートリヒが壁にそっと触れると、ただの壁だと思っていた部分が扉のように開く。
 そしてその向こう側にいるのは――。
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